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1936(S11)2.26事件発生時巡査部長として総理大臣官邸を警護。
午前五時頃、襲撃部隊が邸内に侵入。襲撃側指揮官の栗原安秀中尉はみずから兵を率いて、林八郎(7-1-13-23)少尉も兵を率いて裏門から進入する。
池田俊彦少尉、対馬勝男中尉も襲撃側指揮官として兵を率いた。
官邸の玄関で襲撃隊を阻止しようとした小館喜代松巡査はその場で殺害。
官邸内の非常ベルが鳴り響く中、首相秘書の松尾伝蔵が官邸内の電灯を消してまわる。
松尾と警備の警官の土井清松巡査は首相の寝室に飛び込んで首相を連れ出す。
この時、庭の非常口近くでは清水与四郎巡査が守っていたが機銃弾に倒れる。
外への脱出を諦め、駆けつけた村上加茂衛門(12-1-15)巡査部長と三人で首相を浴場に隠す。
その後三人は廊下で応戦する。
村上巡査部長は椅子を盾に拳銃で応戦していたが、射殺された。
土井巡査は林少尉に組み付いたが、他の兵隊に後ろから切り伏せられる。松尾は中庭で射殺された後、寝室に運ばれそこに在った岡田首相の写真と比べられたが、写真の上にはめ込まれていたガラスに眉間の辺りからひびが入ったために、そのまま岡田首相だと断定された。