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あおむら つねじろう

青村常次郎

あおむら つねじろう

1888.9.10(明治21)〜 1940.9.25(昭和15)

明治・大正・昭和期の陸軍軍人(工兵少将)

埋葬場所: 19区 1種 14側

 栃木県出身。1910.5.28(M43)陸軍士官学校卒業(22期)。同期に牛島敬次郎(後に中将:22-1-73)、白倉司馬太(後に中将:21-1-17)、寺本熊市(後に中将:13-2-54)、中村明人(後に中将:14-1-18-1)、牟田口廉也(後に中将:26-1-46-19)、村上啓作(後に中将:22-1-62)、飯島重助(後に少将:10-1-6)、飯塚国五郎(後に少将:16-1-19-6)、杉浦章(後に少将:10-1-13)、月野木正雄(後に少将:21-1-5)らがいた。同.12.26工兵少尉に任官。
 鉄道敷設用貨車である九一式軽貨車や九一式広軌牽引車を設計した。主に陸軍鉄道部隊の工兵畑を歩む。
 '37支那事変が勃発し日中戦争が始まり、'38.7.15鉄道第5連隊長(通称号:森五八〇四)に就任した。同.8.2大佐に昇進。鉄道連隊として戦地における鉄道の建設、修理、運転、または敵の鉄道の破壊に従事。 青村は連隊長として、連隊本部(57人)、3個大隊(大隊本部5人、3個中隊=1個中隊107人)、材料廠(23人)の合わせて1091人を率いて戦地に赴く。 千葉から出発し、バンコクに入り、泰緬鉄道を建設するなど戦地を転戦していたが、華北にて八路軍のゲリラ戦に巻き込まれ戦死した。享年52歳。没後1階級特進し少将となった。功3級。

<帝国陸軍将軍総覧など>


*八路軍とは、日中戦争時に華北方面で活動していた中国共産党軍(紅軍)の通称である。


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