ひな工房とひな職人のお話
ひな人形は現在、工房と呼ばれる会社によって作られています。それらはひな人形工房、ひな工房などと呼ばれ、埼玉県の岩槻や京都などが有名ですが、福岡や大阪、静岡、岡山など全国各地に存在します。江戸時代やそれ以前から製造している地域もありますが、古くから伝統産業としてひな人形つくりをされている地域だからといって、古くから伝統技術を受け継いできた工房とは限りません。古くからひな人形が作られている地域でも、そうでない地域でも、ひな人形工房の職人さんが独立し、自分の腕で切り開いた新しい工房も数多く存在します。
伝統工芸士や節句人形工芸士の資格が設けられていますが、そういった資格を持つ職人さんはごく一握りで、多くのひな工房では、資格がある指導者の元で、職人さんがひな人形つくりをしているのが現状であり、資格があるからといって、その工房で作られたものが資格のある人によって作られたとは限りません。また、資格には、人形協会に加盟しないと資格が受けられないものもあり、たとえば腕の良いその人だけ、あるいはふたりだけで作るひな工房も多く存在し、そういったひな職人が少数の工房では、人形協会加盟会費がかさむため、協会に加盟せず、こつこつと資格を受けずに製造しているところもあります。実は、職人さんが少数の工房は、ひな人形つくりの腕がよくとも、蓄えを切り崩しながら、ひな人形を作っている場合が多いです。そのため、協会の会費がもったいないといわれます。資格の中には自工房からの推薦を必要とする資格もあり、結局は、人数をそろえて余裕のある、協会へ加盟できる工房が、資格を持つ職人を増やし、消費者へ訴えることができる『資格』というブランドでさらに販売・製造数を増やすことができる循環となっています。
最近では、ひな人形工房の所在が日本であるものが多いですが、それら日本の所在を持つひな人形工房が海外、たとえば、中国や東南アジアなどでそのほとんどを製造、もしくはパーツを製造し国内の工房で組み立て・完成させているところもあるようです。また、京都で作ったというブランドを求めて、地方のひな工房が京都に工房を新設し、生産しているところもあるようです。
ものづくりの職人さんの多くがそうであるように、ひな人形の職人さんも、儲け云々より、作ることが好きだという人も多く、利益より自分の信条を通すいわゆる職人気質の職人さんが多いです。自分の信条を通す職人さんは、上で記述したように、協会加盟への会費がもったいないという職人さんも多く含まれます。それら信条を貫くひな職人さんは多くの場合、質素で、生活ができればよいと考えています。ある日本有数の高名なひな職人さんですら、裕福さを求めず、自分の信条を貫いて、非常に質素な生活を送っていたと聞くこともあります。
消費者が知る、もしくは聞くひな工房のほとんどは、衣装の着せ付けをする工房であり、素胴といわれるひな人形の胴体を完成する作業をします。ひな人形は分業といわれますが、もちろん、お顔、手足などは専門の別の工房で作られています。ですので、このひな工房のお顔が気に入ったといわれる消費者がいますが、その人形のお顔は別の工房が作っていると知らない場合がほとんどです。また、お顔や手足だけ別の工房で作っているかというと、そうでもありません。衣装を作るための裁断作業はひな人形を作る工程の中で最も手がかかるといわれ、ひな人形の良し悪しに直接かかわってくる重要な工程ですが、その大事な裁断作業を別の会社に外注するというひな工房も数多くあります。外注し、出来上がった生地を効率よく縫製し、着せ付けて生産数を増やす効率的な製造工房です。逆に裁断から、縫製まですべて自分の手で行う場合、効率が悪く、生産数がごくわずかとなりますが、それこそが自分の作号をつけて出すにふさわしいと、あえてすべての工程を自分で行う工房もあります。
ひな人形は供用してもよいか
ひな人形での疑問に、親子でひな人形を使いまわしてもよいかどうかというのがあります。考え方はふたつあります。まず、ひな人形を観賞用として使う場合と、身代わり人形として、身の穢れを人形に移し、また厄災から身を守ってくれるものとして用意するひな人形があります。
観賞のための雛人形は、資料館であったり、幼稚園や保育園、老人ホームなど、そこを活用するみんなで観賞するために置かれています。それらは、使い回しというよりもみんなのために、設置するためのものなので、女性に人気のあるひな人形として当然のことであると思われます。観賞用のひな人形は、購入である場合もありますが、寄付されたものも多く存在するようです。
しかし、身代わり人形としてのひな人形の場合、使いまわしを行わない場合がほとんどです。これはなぜかというと、あまがつ・ほうこから端を発した身代わり人形としてのひな人形の意味を理解しているからに違いありません。中国から伝えられた、曲水の宴とあまがつ・ほうこが融合した、雛祭り(上巳の節供)では、人形を体に擦り付けて、穢れを移し水に流した経緯(現在でも流し雛として一部地域に風習として残っています)もあり、その場限りだったひな人形を少し発展させて、守るその人限りといった考え方が主流です。災いを身に受けてもらう祓いの期間を、雛祭りにまとめて一年分を一度限りということではなく、一生分としたのでしょう。それは、江戸時代に贅を尽くした華やかなひな人形が生まれてのことと思われます。現在でも、成人したらひな人形を供養するといった、大人になるまでのお守りとする地域もあります。ひな人形を嫁に持っていくといわれることもありますが、これは、一生のお守りとして、嫁ぎ先でも雛祭りの時期に厄災を自分の身代わりに受けてもらうために持っていくのです。そうして、一生の災いをかわりに受けてもらって、焼いたり水に流したりして処分するのが本来、身代わり人形としてのやり方であると思われます。また、中にはひな人形を代々受け継ぐものだと思われる人もいますが、これは、今まで、その家を守ってきた歴代の女性の身代わり人形としてのひな人形に感謝しましょうというもので、歴代の女性の災いを身代わりに引き受けたひな人形を誰か別の人に使い回そうという意味ではありません。それらは、芸術性も含め鑑賞用として、また、今の自分があるのには歴代の女性がいたためと感謝の印として飾られる役目を担うのです。
もったいないから、使いまわし。というのは、観賞用としてお雛様を見た場合には、まったく問題ないと思われますが、初節句に用意するひな人形に関しては、雛祭りの由来を含めた身代わり、祓いを兼ねる場合が多いと思います。そのため。ひな人形を使い回しするのではなく、別に用意したほうがよいに思われます。ただし、販売されているひな人形を購入するしかないと思い込むのではなく、自分で我が子のために作ってあげることもまたひとつのアイデアです。本来、ひな人形の起源であるといわれるあまがつやほうこは木や竹や草で人の形を模しただけの人形だったことから考えると、お母さんやおばあちゃんが愛情をこめて作る手作りのひな人形はもっともふさわしい人形にも思えます。