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しばやま りょうすけ

柴山良助

しばやま りょうすけ

1834(天保5)〜 1868(明治1)

幕末・維新期の志士

埋葬場所: 10区 1種 13側 37番

 薩摩出身。父は薩摩藩医の柴山良庵。名は道懿。弟に薩摩藩尊攘志士の柴山愛次郎(同墓)、海軍大将の柴山矢八(同墓)がいる。
 薩摩藩士として、ペリー来航以来尊王攘夷運動に従事する。1862(文久2)島津久光に従って京都に上るが、寺田屋事件に連座して謹慎を命ぜられ帰国。 1863薩英戦争では軍役について活躍したことで罪を許された。1865(慶応1)江戸留守居添役になり、横浜においてイギリスとの交渉にあたる。 1867江戸薩摩屋敷に狼士隊が集まり江戸市内擾乱をはかった際、幕府の命をうけた庄内藩など4藩兵の焼打ちにあう。 その時捕えられ、翌年、伝馬町の獄につながれた。牢内でも大義を説いて屈せず、やがて免れ難きを知ってピストルで自殺した。1916(T5)贈正五位。

<コンサイス日本人名事典>


 


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