大阪市出身。本名は徳次郎(墓誌には徳で刻む)。関西美術院、川端画学校で藤島武二らに学ぶ。1929(S4)『ダリヤ』、'30『巌』が帝展で連続特選。'40創元会創立会員。'46日展で『竹園』が特選。
奥入瀬渓流の風景画などを描いていたが、尊敬する賀川豊彦(同墓)が四国・高松で入院したのを見舞いに行き、その帰りに友人を訪ねた際に見た牛窓が気に入り、'59(S34)より岡山県の牛窓にあるオリーブ園を中心に描くようになった。
'67日展「オリーブと海(牛窓)」で日本芸術院賞受賞。'89(H1)第1回中村彝(つね)賞。'91(H3)日本芸術院会員。日展顧問。'94日動出版から『佐竹徳画集』を刊行。
亡くなる前に作品の多くを牛窓町(現・瀬戸内市)に寄付した(瀬戸内市立美術館所蔵)。享年100歳。
*佐竹徳は松澤教会会員墓地に眠る。レンガ作りの後ろ壁には、左側に「彼等は信仰によりて今なお誇る 松澤教会」とあり、右側には「主にある友と賀川豊彦ここにねむる」と刻む。
墓所左側に墓誌があり、2010年現在までに116名が刻み名前を確認することが出来る。賀川豊彦一家はもちろん、豊彦の弟の賀川益慶夫妻も眠る。
他に賀川豊彦と親交深い著名な人物も多く眠る。
同墓に眠る主な人物は、賀川豊彦と活動をした農民運動家・政治家の杉山元治郎、支那の農村経済運動家の刈屋久太郎、キリスト新聞の立ち上げに尽力した小川清澄、賀川を世に出した男で社会運動の開拓者である村島帰之、小説家の鑓田研一、賀川の使徒・オリジン電気創業者の後藤安太郎、賀川の弟子で『百三人の賀川伝』の著者の牧野仲造、フレンド教会日本語牧師の高田松太郎、在日大韓基督教大阪教会牧師の姜喜錫、主恩教会牧師の川上太郎吉、救世軍人の難波義雄らも眠る。