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かがわ すみもと

賀川純基

かがわ すみもと

1922(大正11)〜 2004.3.28(平成16)

昭和期の教会音楽家

埋葬場所: 3区 1種 24側 15番
〔松澤教会会員墓地〕

 神戸出身。父はキリスト教社会運動家の賀川豊彦(同墓)、母は社会事業家として尽力した賀川ハル(同墓)。 1940(S15)松沢教会聖歌隊の指揮を始める。戦後の'47千葉医大に入学。'64日本基督教団讃美歌委員会委員を務める(〜'95年)。 '82賀川豊彦記念松沢資料館を建設、館長となる。(財)(福)(学)雲柱社名誉理事長なども歴任。
 著書に『礼拝って何? 聖書・歌・そして祈り』(1998)などがある。また、教会音楽家としての作曲活動により多くの作品が残っている。 没後、2004(H16).5.8四谷の聖イグナチオ教会で記念礼拝が行われた。

<著作物著者紹介など>


松澤教会会員墓地

*賀川純基は松澤教会会員墓地に眠る。レンガ作りの後ろ壁には、左側に「彼等は信仰によりて今なお誇る 松澤教会」とあり、右側には「主にある友と賀川豊彦ここにねむる」と刻む。 墓所左側に墓誌があり、2010年現在までに116名が刻み名前を確認することが出来る。賀川豊彦一家はもちろん、叔父の賀川益慶夫妻も眠る。 他に父の賀川豊彦と親交深い著名な人物も多く眠る。 同墓に眠る主な人物は、賀川豊彦と活動をした農民運動家・政治家の杉山元治郎、支那の農村経済運動家の刈屋久太郎、キリスト新聞の立ち上げに尽力した小川清澄、賀川を世に出した男で社会運動の開拓者である村島帰之、小説家の鑓田研一、賀川の使徒・オリジン電気創業者の後藤安太郎、洋画家の佐竹徳、賀川の弟子で『百三人の賀川伝』の著者の牧野仲造、フレンド教会日本語牧師の高田松太郎、在日大韓基督教大阪教会牧師の姜喜錫、主恩教会牧師の川上太郎吉、救世軍人の難波義雄らも眠る。


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