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服部一郎

はっとり いちろう

1932(昭和7)〜 1987.5.26(昭和62)

昭和期の実業家(セイコー)

埋葬場所: 鎌倉霊園

 東京出身。第3代社長の服部正次の長男。東京大学法学部卒業後、1954(S29)第二精工舎に入社。 入社した年の10月からスイスのチューリッヒ大学へ留学、後に米国のエール大学に留学した。 '61帰国後、29歳に若さで第二精工舎取締役就任。'65常務取締役、'67専務取締役、'79第二精工舎社長に就任した。
 事業の国際化と多角化を牽引。'68〜'70年代にかけてのアジアへの工場進出を推進し、時計事業の国際化を図る。 そのため、'80兼務で、諏訪精工舎社長にも就任し、腕時計製造会社から今の業態へ変化を遂げさせた。 また諏訪精工舎をセイコーエプソンに名前を変更し、初代社長となる。セイコーエプソンではグローバル販売ネットワークの整備とアメリカ・ヨーロッパでの消費地生産をリードした。 川奈ホテルゴルフ場でプレイ中に死去。国際派経営者として将来を嘱望されていたが、志半ば、55歳の若さで急逝した。従4位勲2等瑞宝章。

<物故者辞典など>


*多磨霊園の服部家の墓所には、曽祖父の服部喜三郎、曾祖母の服部春子、祖父の服部金太郎、祖母の服部まん、伯父の服部玄三らが眠る。父の服部正次と一郎の墓は鎌倉霊園にある。「歴史が眠る多磨霊園」ではセイコーの歴史を語る上で外せない人物であると評し、掲載をすることにした。


【服部家】(クリックで拡大)

服部家 家系図


【セイコー歴代社長】
創業者服部金太郎社長在任期間:1881〜1934
2代目服部玄三社長在任期間:1934〜1946
3代目服部正次社長在任期間:1946〜1974
4代目服部謙太郎社長在任期間:1974
5代目服部禮次郎社長在任期間:1974〜1987 *その後、9代目までは会長として権限を持ち続け、10代目から名誉会長。
6代目吉村司郎
7代目関本昌弘
8代目井上仲七
9代目村野晃一
10代目服部真二社長在任期間:2010〜


服部家の墓

*写真は多磨霊園の服部家の墓である


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