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いしざか ぜんじろう

石坂善次郎

いしざか ぜんじろう

1871.8.3(明治23)〜 1949.2.26(昭和24)

明治・大正期の陸軍軍人(中将)

埋葬場所: 10区 1種 6側

 兵庫県出身。山本庄五郎の次男。陸軍軍医監の石坂惟寛の養子となる。1890(M23)陸軍士官学校卒業(1期)。同期に宇垣一成(後に大将:6-1-12-1)、石光真臣(後に中将:3-1-8-1)、緒方多賀雄(後に中将:21-1-27)、児島惣次郎(後に中将:2-1-3-10)、岩崎初太郎(後に少将:21-2-84)らがいる。1900陸軍大学卒業(14期)。士官同期を除く同期生に、井上幾太郎(後に大将:12-1-7)、津野田是重(後に少将:7-2-14-13)らがいる。
 '03ウラジオストク駐在、'04ロシア差遣、'05オデッサ駐在、陸軍少将時代に'17(T6)ロシア大使館附武官などロシア通として出世した。 日露戦争時は少佐であり、第二軍参謀(諜報)。'18重砲兵第1旅団長、'19ウラジオ派遣軍司令部附(ハルビン特務機関長)を経て、'20.8.10陸軍中将となり、参謀本部附となる。 '21由良要塞司令官、翌年に侍命、'23予備役となった。娘は陸軍中将の額田担、陸軍少将の松村知勝に嫁いだ。功3級。 晩年の昭和初期に『池田光政公傳 上下』、『芳烈公略伝』を編集するなどした。

<日本陸軍将官総覧など>


 


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