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やまだ さぶろう

山田三郎

やまだ さぶろう

1891.9.18(明治24)〜 1956.5.1(昭和31)

大正・昭和期の陸軍軍人(少将)

埋葬場所: 26区 1種 2側

 和歌山県出身。1913.5.26(T2)陸軍士官学校卒業(25期)。同期に小倉尚(後に中将:22-1-62)、須藤榮之助(後に中将:22-1-69)、船引正之(後に中将:24-1-61)、村治敏男(後に中将:25-1-48)、山崎保代(後に中将:19-1-2)、吉岡安直(後に中将:3-1-14)、岡本徳三(後に少将:9-1-19)、杵村久蔵(後に少将:16-1-3)らがいる。同.12.25歩兵少尉に任官。
 その後、様々な要職を経て、'39.3.9 歩兵大佐に昇進。同.8.1 福井聯隊区司令官、'40.8.1 歩兵第36聯隊長、'43.3.1 函館聯隊区司令官に着任。この時に太平洋戦争が勃発。'44.3.1 少将に進級。同.7.14 歩兵第86旅団長に補され、中国戦線に出動し、京漢線新占領地沿線の守備に任じた。
 '45,3,9 独立混成第3旅団長に転身し、終戦時は山西省●県に位置した。享年64歳。

<帝国陸軍将軍総覧>、
<日本陸軍将官総覧>


*墓石は和型「山田家之墓」、裏面「昭和三十一年四月 山田三郎 建之」、左面が墓誌となっている。戒名は精顕院法貫日宏居士。妻はツネ(S58.1.3・行年79才)。左側に墓誌が建ち「妙法に 回り遭えたる この世こそ 永遠の生命の 無上の秋かと」と、小田垣イト(S52.1.29・享年74歳)が刻む。

*多くの人名事典などでは歿月日を「1月28日」とするものがほとんどだが、墓石には「5月1日」と刻む。

*●は、「山享」の一文字。


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