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たけお せいご

武雄清吾

たけお せいご

1883.1.2(明治16)〜 1937.3.10(昭和12)

明治・大正・昭和期の陸軍軍人(少将)

埋葬場所: 10区 1種 15側

 佐賀県出身。1903.11.30(M36)陸軍士官学校(15期)卒業。 同期に、今井清(中将:8-1-14)、川岸文三郎(中将:3-1-24)、谷寿夫(中将:13-1-21)、原常成(中将:16-1-10)、三毛一夫(中将:4-1-35)、板坂順治(少将:22-1-39)、大濱石太郎(少将:9-1-12-1)、中井武三(少将:12-1-10)、長谷部照(少将:19-1-13)らがいた。翌.2.12 砲兵少尉に任官。
 様々な要職を経て、1938.8.10(S3)永興湾要塞司令官に就任。'31.8.1 大佐となり、舞鶴重砲大隊長に着任。'32.12.7 野重砲第8連隊長、'35.3.15 広島兵器支廟長を歴任した。'36.8.1 少将に昇進し、待命。病のため予備役編入となり、翌年、逝去。正4位 勲3等 功5級。享年54歳。

<帝国陸軍将軍総覧>


*墓石は和型「武雄家之墓」、裏面「昭和十二年十二月 武雄昇一 建之」。墓所左側に墓誌があり、「陸軍少将 正四位 勲三等 功五級 武雄清吾 昭和十二年三月十日午前八時三十分 享年五十五歳」と刻む。妻は いつ。長男の武雄昇一(S42.3.27歿 享年76才)には「国立病院勤務 歯科医長 医学博士」と刻む。


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