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たけこし たけよ

竹越竹代

たけこし たけよ

1870.10.12(明治3)〜 1944.12.19(昭和19)

明治期の婦人運動家、日本初女性記者

埋葬場所: 5区 1種 21側

 岡山藩士中村秀人の長女。母は同藩の儒学者石坂竪壮(10-1-6-5)の二女静子。1880(M13)父と死別、母の手で養育される。1883岡山キリスト教会創立者の金森通倫(15-1-13)から受洗。 山陽女学校を経て、1889大阪梅花史学校卒業。同年新聞記者の竹越与三郎(三叉)と結婚。 翌年夫が徳富蘇峰(6-1-8-13)の民友社に招かれ『国民新聞』の創刊にあずかったためともに上京。竹代も『国民新聞』に寄稿、日本初の女性新聞記者となる。
 1891東京婦人矯風会委員となり、「一夫一婦の建白書」とりまとめに尽力、1893日本基督教婦人僑風会が設立されると委員として参加、矢島楫子(3-1-1-20)らと廃娼運動、禁酒禁煙運動などを展開した。 このころ『婦人立志篇』『ウェスト女史遺訓』などを刊行。1895二男出生とともに文筆活動から遠ざかり、夫が民友社を去るに及んでキリスト教活動も停止した。 1909頃から禅宗に傾倒し、東京大久保の金竜寺などで参禅、仏道の印可と嗣法を許される。のち天台宗の修行に励み、浅草寺の大僧正救護栄海から大阿闍梨の資格をうけた。享年75歳。

<女性人名事典>
<五輪塔様より情報提供>
<森光俊様より写真提供>


 


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