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やじま かじこ

矢島楫子

やじま かじこ

1833(天保4)〜 1925(大正14)

明治・大正期の女子教育者

埋葬場所: 3区 1種 1側 20番

 女性教育者の竹崎順子は姉、徳富蘇峰(6-1-8-13)と蘆花は甥。結婚10年で離婚、1872(M5)上京し教員伝習所に学ぶ。小学校教員をへて新栄女学校教員、桜井女学校校長となる。キリスト教徒となり79受洗。 86レヴィット女史の来日に接して40数名で日本基督教婦人矯風会を創立。同年、東京婦人矯風会会長。89新栄・桜井両女学校が合併して女子学院となり、院長に就任。 93日本基督教婦人矯風会会頭として廃娼運動に奔走、万国矯風会大会や国際軍縮会議にも参加。晩年も1924(T13)婦人参政権獲得期成同盟会に加盟、生涯を女子教育・婦人運動に尽くした。

<コンサイス日本人名事典>


*墓石にそなまま刻まれている碑文の撰書は徳富正敬と刻まれているが、これは蘇峰の字(あざな)である。


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