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かなや はんぞう

金谷範三

かなや はんぞう

1873(明治6)〜 1933(昭和8)

明治・大正期の陸軍軍人(大将)

埋葬場所: 1区 1種 2側

 1894.7.27(M27)陸軍士官学校卒業(5期)。同期に吉田豊彦(後の大将:9-1-8)、木村戒自(後の中将:7-2-32)、田村守衛(後の中将:1-1-2-22)、津野一輔(中将:3-1-22-1)、村岡長太郎(7-1-1-1)らがいた。陸士卒業後、歩兵第3連隊付として日清戦争に出征。1901.11.28陸軍大学卒業(15期)。同期には士官学校同期の田村、津野の他、岡田重久(後の中将:21-1-5-1)、和田亀治(中将:21-1-13)らがいた。陸大卒業後、第3連隊中隊長、陸大教官をへて、第2軍参謀として日露戦争に出征した。 その後、ドイツに駐在し、独・オーストリア大使館付武官を歴任。1916(T5)以後、参謀本部作戦課長、支那駐屯軍司令官、参謀本部第1部長、第18師団長、参謀次長を歴任。 27(S2)朝鮮軍司令官、30参謀総長となり、満州事変勃発の責任者となった。31軍事参謀官に転じ、33在任中に退役した。

<コンサイス日本人名事典>


墓所

*墓所内に記念碑が建つ。


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