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とくとみ ひさこ

徳富久子

とくとみ ひさこ

1829.4.11(文政12)〜 1919.2.18(大正8)

明治期の歌人、社会運動家

埋葬場所: 6区 1種 8側 13番

 父は肥後熊本藩士の矢島忠左エ門直明、母は鶴子。その四女として肥後上益城郡杉堂村に生れる。 姉に熊本女学校校長を務めた竹崎順子、妹に横井小楠に嫁いだ横井つせ子、女子学院院長を務めた矢島楫子(3-1-1-20)。姪に老名弾正の妻となった海老名美屋(12-1-7-18)がいる。
 1848(嘉永1)横井小楠門下の漢学者の徳富一敬〔淇水〕(同墓)に嫁ぎ2男5女をもうけた。長男は徳富蘇峰(同墓)、次男は徳富蘆花、娘に湯浅治郎夫人となった湯浅初子(7-1-15)らがいる。 のち東京に移り、矢島楫子の日本基督教婦人矯風会の仕事を助けた。歌集『浜久木』がある。享年91歳。

<女性人名事典>


徳富蘇峰墓所全体

*墓所は広大で数基の墓石が建つ。徳富家墓所に関しては徳富蘇峰のページへ。


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