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にしはら はちさぶろう

西原八三郎

にしはら はちさぶろう

1889(明治22)〜 1969.9.10(昭和44)

明治・大正・昭和期の陸軍軍人(少将)

埋葬場所: 22区 1種 79側

 愛媛県松山市出身。1911.5.27(M44)陸軍士官学校卒業(23期)。 同期に、小畑英良(後に大将)、伊佐一男(後に中将:4-1-23)、岡田資(後に中将)、落合忠吉(後に中将:16-1-7)、桜井省三(後に中将:4-1-35-7)、宝蔵寺久雄(後に中将:9-1-19-11)、飯野賢十(後に少将:21-1-20-8)らがいる。同.12.26工兵少尉に任官。
 23.11.29(T12)陸軍大学校卒業(35期)。その後、様々な要職を経て、'35.3.15陸軍築城部部員の時に、同.8.1工兵大佐に進級した。'37.8.2電信第2聯隊長を務め、'38.7.15少将に累進し、長崎要塞司令官に就任した。'39.3.9待命、同.3.22予備となるも、太平洋戦争時、'42.3.25第4工兵隊司令官として復帰、'43.6.10東部軍司令部附を務めて終戦を迎えた。従4位 勲2等。享年80歳。

<帝国陸軍将軍総覧>
<日本陸軍将官総覧など>


墓所

*墓石は和型「西原家之墓」。左側に墓誌があり、戒名は大勲院徳将松城居士。「陸軍少将 従四位 勲二等」と刻む。行年は81才と刻む。妻は徳子。同墓には昭和17年に24才にてビルマ戦により戦死した陸軍大尉の西原常男も眠る。


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