メイン » » » 槇 弘
まき ひろし

槇 弘

まき ひろし

1904(明治37)〜 1998.10.23(平成10)

昭和期の原爆放射線衛生士、医師

埋葬場所: 13区 1種 6側

 東京都出身。銀行家の槇武(同墓)の三男。長男は教育者の槇智雄(同墓)、次男は登山家の槇有恒(同墓)。
 1948(S23)原爆傷害調査委員会(ABCC)に赴任し、原爆放射線の人体への影響調査の始動に尽力。 日本側を代表する厚生省国立予防衛生研究所・広島支所長を務め、またABCCの一員として準所長を併せて務められ、以後'75ABCCが現在の放射線影響研究所(放影研)に改組されるまでの27年もの間、日本を代表する立場にあった。 退職後3年間顧問を続け、後に名誉顧問。日米両国間の見解や意見の調整、被爆者ならびに地域社会関係者との調整という諸難題に対し、超人的な忍耐力と寛容さをもって解決に努力された。享年94歳。
 告別式は10月24日、広島市佐伯区のアライアンス・キリスト教会において執り行われた。

<「放影研ニュース」槇弘訃報記事など>


*墓誌には勲三等旭日中綬章と刻む。


関連リンク:



| メイン | 著名人リスト・ま | 区別リスト |
このページに掲載されている文章および画像、その他全ての無許可転載を禁止します。