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こさか じゅんぞう

小坂順造

こさか じゅんぞう

1881(明治14)〜 1960(昭和35)

大正・昭和期の実業家

埋葬場所: 8区 1種 13側

 小坂善之助の子。1904(M37)日銀に入ったが、ヨーロッパ視察後の09信濃銀行取締役となった。10信濃毎日新聞社社長を兼任、長野商工会議所会頭にも就任した。 11参院議員に当選、民政党に入り、農商務相秘書官、農商務省参事官となる。6回の当選の後、貴院議員・枢密顧問官に選任される。26(T15)信越化学を創設し、新興化学産業部門に乗りだした。 長野電燈、東信電気などの社長を歴任するかたわら、信越化学の興隆に力を注ぎ、第二次世界大戦の戦時体制下では、金属マンガン・マグネシウム・珪素鉄などを生産した。また電力問題に関係し、日本発送電の総裁をつとめた。《勲一等受章者》

<コンサイス日本人名事典>


墓誌

*小坂家墓所は広大で洋型墓石も巨大である。墓石の手前には墓誌が立ち、そこから小坂順造と善太郎の刻を見ることができる。


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