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おとわ ただひこ

音羽正彦

おとわ ただひこ

1914.1.5(大正3)〜 1944.2.6(昭和19)

大正・昭和期の皇族、海軍少佐、侯爵

埋葬場所: 7区 1種 1側

 久邇宮朝彦親王の第8皇子である朝香宮鳩彦王(1887.10.20-1981.4.12)と明治天皇の第8皇女允子内親王との間の第二男子として生まれた皇族。皇族名は朝香宮正彦王。
 学習院中等科、海軍兵学校卒業(62期)。海軍砲術学校修了。1936(S11)願により臣籍に降下、音羽の家名を賜わり、 4月1日侯爵を授爵。同年海軍に入り、海軍少尉となった。その後、赤城、山城、陸奥各分隊長、陸奥副砲長、横須賀鎮守府付等歴任。また貴族院議員としても活躍。'44海軍大尉として第6根拠地隊参謀として、南洋方面マーシャル諸島のクェゼリン島玉砕で戦死。享年30歳。没後、海軍少佐に特進。
 妻は浄土真宗本願寺派の僧侶であり第1次近衛内閣で拓務大臣を務めた政治家の大谷専由の二女の益子。子どもに恵まれず、正彦が戦死し未亡人となったため、益子は離縁した。そのため音羽家は断家した。なお、益子はその後、政治家の小坂善太郎(8-1-13)の後妻として再婚した。

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墓所 墓標 墓所 墓所

*墓所は名誉霊域の裏手にある。入口に鳥居が建ち、土饅頭型の墓の右側に音羽正彦の石柱碑が建つ。石柱前面には「海軍少佐 正四位 勲一等 功四級 侯爵 音羽正彦 之墓」、裏面には「昭和十九年二月六日 於内南洋戦死」と刻む。


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