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N415 アフガニスタン
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2014


朝日
2014/12/30
No .N415a141230xxx
アフガニスタン


国際治安支援部隊(ISAF)
シリーズ・特集;http://digital.asahi.com/articles/DA3S11530783.html?_requesturl=articles%2FDA3S11530783.html&iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11530783
見出し:
アフガン、見えぬ終息 米軍主体の国際部隊、任務終了
メモ :
アフガニスタンで、13年間にわたって戦ってきた米軍主体の国際治安支援部隊(ISAF)が、12月末で任務を終える。今後はアフガンの軍や警察が治安維持を担うが、反政府勢力タリバーンの攻勢は続き、相次ぐテロで治安も悪化する。米国が2年後に計画するアフガンからの完全撤退にも、暗雲が垂れ込める。


 12月28日、カブール市内のISAF本部。ISAFの旗が降ろされ、代わりに「RS」と記された旗が掲げられた。アフガニスタン軍を支援する国際部隊の新たな任務「確固たる支援」の頭文字だ。

 「反政府勢力は敗れつつあり、自暴自棄になっている」。ISAFと駐アフガニスタン米軍の司令官を兼ねるジョン・キャンベル大将は、自信を示した。

 だが、カブールでは、米軍などの戦闘任務終了を機に攻勢を強めようとするタリバーンによるテロが急増している。式典の場所と日時も、テロを警戒し直前まで伏せられた。

 「毎日、どこで何が起きるかわからず恐ろしい。治安は悪くなっている」。カブールで食堂を経営するアサドゥラ・サフィさん(35)は話す。今月中旬、食堂の目前で、自爆テロが起きた。軍の兵士を乗せたバスが交差点で減速したところに、路上から男が飛び出した。次の瞬間、すさまじい爆発音と同時にバスが燃え上がり、6人が死亡。自爆した男の頭部が、30メートルほど離れた空き地まで飛んだ。

 米国内では、次々と帰国する兵士が家族との再会を喜んでいる。だが、勝利の高揚感はない。

 12月上旬、ノースカロライナ州のフォート・ブラッグ基地に、陸軍第18空挺(くうてい)軍団の100人がアフガニスタンから帰還した。最後まで残っていた戦闘部隊だ。

 夫の帰国を待っていたケイティ・エクランドさん(25)は、「正直に言うと、戦う価値があったのかわからない。戦争はあまりに長く続き、もどかしい思いだった」と話した。

 家族と再会を喜んだマイク・ジョンストンさん(39)は「アフガンの安全と平和は、アフガンの人々の手に委ねられた」と語った。


 ■米、完全撤退に暗雲

 「アフガニスタンでの戦闘任務は今月で終わる。私の就任時(2009年)にイラクとアフガンに駐留していた18万人のうち、9割が帰還した」

 今月中旬、ニュージャージー州の米軍基地で演説したオバマ大統領は、「二つの戦争を終わらせる」という公約を達成しつつあると強調した。

 一方で、オバマ氏は、5月に撤退計画を発表したときに、「戦争は、始めるよりも終わらせる方が難しい」とも語っている。イラクでは、米軍を一度は完全撤退させたが、「イスラム国」の台頭で再介入を余儀なくされた。アフガンでもそうした事態に陥るおそれが指摘されている。

 オバマ政権は、アフガン軍の訓練やアルカイダ掃討作戦のため残した約1万人も、16年末までには完全撤退させる方針だ。アフガン国内にも、「米軍こそが戦争の根本的な原因だ。我々には十分な兵力があり、タリバーンが再び国を支配することはあり得ない」(アブドゥル・サタール・ハクシィ下院議員)と完全撤退を求める声がある。

 だが、タリバーンとの戦闘が激しくなる中で、アフガン軍にとって米軍の支援はなお必要だ。ISAFのアンダーソン米軍中将は11月の会見で、アフガン軍や警察の死者が急増していることを指摘されると、「持続可能な状況ではない」と認めざるを得なかった。

 アフガンとイラクで駐留米軍を指揮したダニエル・ボルガー元陸軍中将は、「イラクで米軍撤退後に『イスラム国』が台頭したように、タリバーンも勢いを増すだろう」と指摘。「オバマ大統領は計画を見直し、約1万人規模の米軍駐留を長期間続ける必要がある。さもなければイラクと同じようになる」と警告した。(カブール=大島隆)


 ■掃討作戦は難航

 ISAFがすでに撤退した地域では、タリバーンが攻勢を強めている。今最大の焦点は、今年10月に米軍が撤退を終えた東部のクナール州の情勢だ。

 パキスタンと国境を接する同州には、パキスタンから越境してきたパキスタン・タリバーン運動(TTP)の幹部らが、アフガン側のタリバーンと連携しながら、数年前から潜伏していると疑われていた。

 TTPが今月16日、パキスタン側のペシャワルで学校を襲い、生徒ら約150人を殺害する事件を起こすと、パキスタン政府はアフガン政府に対し、クナール州に潜むTTPへの対応を要請。クナール州では、数百人規模の武装兵が複数の村で村人を人質にとって蜂起し、約5千人のアフガン軍・警察との間で戦闘が始まった。

 アフガンの軍と警察は全土で計約35万人で、タリバーンの推定兵力の10倍程度とみられる。それでも作戦が難航する理由について、ヤワル内務次官は23日、アフガン上院で「各治安機関の間で調整がうまくいっていない」と証言した。

 今年10月までにISAF部隊が撤退した南部のヘルマンド州でも、タリバーンは数百人による前例のない規模の攻撃を仕掛け、双方に多数の死者を出した。国防省当局者は議会で「ISAFの空軍力が得られない場合、さらに状況は困難になる」と認めている。

 戦争の主体がアフガン側に移ったことは犠牲者数に表れる。ISAFからアフガン側への治安任務が移り始めた2011年以降、アフガン軍の犠牲者数は急増し、米軍によると、死者数は過去2年間で9千人。国連のまとめでは、民間人の死者数も今年は3千人を超え、統計を取り始めた2007年以降で最多となった。(カブール=武石英史郎)

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2012


朝日
2012/04/19
No .N415a120419xxx
アフガニスタン/タカール州




シリーズ・特集;http://www.asahi.com/international/update/0418/TKY201204180605.html
見出し:
給水器に毒物? 女子生徒100人が中毒症状 アフガン
メモ :
アフガニスタンからの報道によると、北部タカール州の女子学校で2012年4月17日、給水器の水を飲んだ生徒100人以上が中毒症状を訴えて入院した。地元知事はAFP通信に対し、毒物が混入されていたとの見方を示し、「女子教育に反対する者の犯行だと思う」と述べた。

地元保健当局者によると、女子生徒らは頭痛や吐き気を訴え、多くは回復して退院したものの、重い症状の生徒もいるという。学校には10〜18歳の生徒が通っていた。

アフガンでは、女子教育を禁じたタリバーン政権が2001年に崩壊した後、女子教育は再開された。しかしその後も、女子教育を嫌う保守派や過激派による女子生徒や学校に対する嫌がらせや攻撃が相次いでいる。

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2010



朝日
2010/09/06
No .N415a100906xxx
アフガニスタン




シリーズ・特集;http://www.asahi.com/international/update/0906/TKY201009060074.html
見出し:
「犯人はタリバーンではない」 常岡さん、アフガン出国
メモ :
アフガニスタン北部で武装勢力に拘束され、2010年9月4日に解放された長崎県出身のフリージャーナリスト、常岡浩介さん(41)は5日夜、アフガンを出国した。ドバイ経由で6日夜にも帰国する。

常岡さんはアフガン出国後、インターネット上の簡易投稿サイト「ツイッター」で拘束された状況などを少しずつ明らかにしている。

書き込みによると、常岡さんを拘束していたのは反政府武装勢力タリバーンではなく北部クンドゥズ州の軍閥で、タリバーンとは別の反政府勢力ヒズベ・イスラミ(イスラム党)と関係のある組織。「腐敗した軍閥集団」で「タリバーンになりすまして日本政府をゆすっていた」としている。この組織はカルザイ政権ともつながっており、「アフガン当局は事実を公表するはずがない」と批判している。

また拘束中、「日本政府への脅迫が終われば処刑されると覚悟していた」と心境を明かした。そのうえで、「(腐敗した軍閥の上級司令官に対し)末端の兵士や地域の一般の人たちはまともな人たち」で、部下たちの司令官に対する批判が強まり、司令官が処刑の理由をうまく説明できなくなったことなどから処刑されずに済んだと推測している。

ちょうどカブールを訪問中で、常岡さんと面会した鈴木宗男衆院外務委員長のブログによると、拘束期間中、常岡さんには食事が提供され、暴力をふるわれることなどはなかったという。

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京都
2010/08/17 No .N415k100817xxx
アフガニスタン



アムネスティ・インターナショナル
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/international/article/20100817000013
見出し:
不倫男女を石打ち処刑  アフガンのタリバン
メモ :
アフガニスタンの反政府武装勢力タリバンは2010年8月16日までに、同国北部クンドゥズ州の若い男女が不倫したとして、石打ちによる公開処刑を実施した。AP通信が同日報じた。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによると、2001年のタリバン政権崩壊以来、石打ちによる処刑が同国で確認されたのは初めてという。

地元当局によると、男性(28)は既婚者で、女性(20)は別の男性と婚約していた。2人は駆け落ちして友人の家に隠れていたところを見つかり、15日に約150人の前で処刑された。地元のタリバン司令官が命じたとされる。

州当局者は「人権に反している。残酷だ」と非難した。

石打ちはイスラム法(シャリア)が根拠で、身動きができないようにして死亡するまで石を投げ付ける刑罰とされ、イランなどでも行われている。

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京都
2010/08/14 No .N415k100814xxx
アフガニスタン



アイカジュアリティーズ
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/international/article/20100814000122
見出し:
アフガンの外国部隊死者2千人に 厭戦ムードに拍車か
メモ :
アフガニスタン駐留外国部隊の死者数を独自集計している民間ウェブサイト「アイカジュアリティーズ」は2010年8月14日までに、2001年の米軍によるアフガン攻撃開始以来の外国部隊の総死者数が2千人に達したと発表した。

2010年のこれまでの死者数は既に432人に上り、最悪だった2009年の521人を上回る勢い。反政府武装勢力タリバンの掃討作戦は泥沼化しており、部隊派遣国の市民の間で広がりつつある厭戦ムードにさらに拍車が掛かりそうだ。

同サイトによると、国別では米兵が最大の1226人で約6割。英兵が330人、カナダ兵151人と続いている。

2010年2月から駐留米英軍などが大規模なタリバン掃討作戦を始めた南部ヘルマンド州での死者が最大で554人。同州と同様にタリバンの影響力が強い東隣のカンダハル州では293人が死亡した。

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朝日
2010/08/11
No .N415a100811xxx
アフガニスタン



国連
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/international/update/0811/TKY201008110161.html
見出し:
アフガン民間死傷者、昨年より3割増加 今年上半期
メモ :
国連は2010年8月10日、アフガニスタンで今年上半期に紛争によって死亡・負傷した民間人が3268人で、昨年同期より3割増加したとする報告書をまとめた。このうち死者は1271人で上半期としては2007年以降最悪となった。戦況の泥沼化が市民の犠牲者増にもつながっている実態が改めて浮き彫りになった。

報告書によると、民間人の死亡・負傷の76%がタリバーンなど反政府武装勢力の攻撃によるもので、2009昨年同期に比べ53%増加した。タリバーンなどが多用する仕掛け爆弾と自爆テロによる市民の死者・負傷者は全体の半数に達した。また、政府・外国部隊への「協力者」をターゲットにした暗殺や「処刑」は約2倍になった。

一方で、アフガン軍や国際治安支援部隊(ISAF)など政府側の攻撃によるとされるのは12%で3割減った。特に誤爆による死者は191人から69人に減少。2009年6月に市民の犠牲を極力減らすため、空爆などを制限した外国部隊の戦術変化の効果とみられる。

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京都
2010/07/06 No .N415k100706xxx
アフガニスタン


米軍/AP通信
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/international/article/20100706000015
見出し:
アフガンでの米兵死者数最悪 6月、昨年10月以来
メモ :
アフガニスタンで2010年6月に死亡した米兵の数が60人となり、2001年の米軍によるアフガン攻撃開始以来、月間死者数で最悪となったことが2010年7月5日、分かった。AP通信が独自集計として伝えた。これまでは2009年10月の59人が最多だった。

アフガン駐留米軍司令官が、オバマ米政権幹部を批判し解任されたマクリスタル氏からペトレアス氏に交代したばかりの時期に、戦況の悪化があらためて示された。

APによると、駐留外国部隊全体の6月の死者も月間死者数として最悪の103人に上った。

アフガン駐留米兵の規模は5月にイラクへの派兵数を上回り、今年夏には9万8千人となる。

反政府武装勢力タリバンはアラビア語で「勝利」と名付けた作戦で徹底抗戦することを5月に宣言、米軍などに対する攻勢を強めている。アフガンで2009年1年間に死亡した米兵は300人を超えて2001年以来最悪となったが、今年はさらに増える可能性が指摘されている。

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2009


朝日
2009/09/21
No .N415a090921xxx





シリーズ・特集;http://www.asahi.com/international/update/0921/TKY200909210181.html
見出し:
「アフガンに追加増派しないと敗北」米軍司令官が指摘
メモ :
アフガニスタン駐留米軍のマクリスタル司令官が8月末にゲーツ国防長官に提出した戦況評価報告のなかで、「米軍をさらに増派しないと8年に及ぶ戦争が失敗に終わる」と指摘していたことが分かった。2009年9月21日付の米紙ワシントン・ポスト(電子版)が報じた。米軍の追加増派には世論の反発に加え、与党・民主党内の反対も強く、オバマ大統領は難しい決断を迫られることになりそうだ。

同紙が入手した非公開の報告書のなかでマクリスタル司令官は、反政府勢力タリバーンや国際テロ組織アルカイダが地域社会に浸透している一方、アフガン政府や国際治安支援部隊(ISAF)が住民の信頼を失いつつあると指摘。「根本的に新しい手法と適切な人的資源がなければ、成功はない」として、住民との信頼醸成を主眼とする戦略の練り直しと、早急な追加増派の必要性を訴えている。また、「12カ月以内に主導権を回復できなければ、テロ掃討が不可能になる危険がある」としている。

オバマ政権は駐留米軍を年内に6万8千人規模にする増派計画を進めているが、今年は米兵の死者数が開戦以来最悪を記録し、CNNの世論調査(15日発表)では追加増派支持は26%だけだった。

オバマ大統領は、20日放送のCNNの番組で「兵力の問題を、戦略の問題に優先させたくはない」と語り、世論に配慮して追加増派を慎重に検討する姿勢を見せた。

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朝日
2009/09/20
No .N415a090920xxx
東京都/千代田区


ペシャワール会
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/national/update/0919/TKY200909190335.html
見出し:
ペシャワール会・伊藤さんの用水路、完成 アフガン
メモ :
アフガニスタンとパキスタンで医療や農業の支援活動をしているペシャワール会の中村哲さん(63)が2009年9月19日、東京都千代田区で現地報告会を開いた。2008年8月、殺害された伊藤和也さん(当時31)も建設にかかわった用水路が8月に完成。写真を見せながら現地の状況を報告した。

ペシャワール会は2008年までに約1600カ所の井戸を掘り、2003年からは用水路の建設も始めた。治安が悪化する中もっとも危険だったのは「米軍の誤爆」という。

気温は50度以上になり、脱水症状になりながらの工事だったが、「地元の人たちは用水路が出来ればここで生活できるという希望に満ちていた」。用水路は現在、15万人以上の人々の生命線になっているという。

伊藤さんが働いた試験農場は場所を移し、規模を広げるために現在開拓中だ。「現地ではいまも多くの人が戦闘で死んでいる。伊藤さんのご両親と同じような思いをしているアフガン人も多くいることを、忘れないで欲しい」と話した。


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朝日
2009/09/13
No .N415a090913xxx





シリーズ・特集;http://www.asahi.com/international/update/0913/TKY200909120269.html
見出し:
アフガン空爆被害者「外国軍は無実の市民を殺している」
メモ :
アフガニスタン北部のクンドゥズ州で2009年9月4日、多数の民間人が巻き添えになった駐留外国軍による反政府武装勢力タリバーンへの空爆の実態が、被害者らの証言で明らかになってきた。戦闘のはざまで、いや応なく犠牲を強いられる村人たちの憤りは深い。一方で今回の事件は、駐留外国軍のアフガン戦略にも影を落とし始めた。

11日午前。ラフマトゥラ君(15)は首から下を包帯でぐるぐるに巻かれ、首都カブールの病院の一室で横たわっていた。全身の9割にやけどを負い、頭も顔も真っ黒に焼けただれている。4日未明にクンドゥズ州南部であった空爆の巻き添えになり、その日のうちに約300キロ離れたカブールに運ばれてきた。

うめき声を上げると、ベッドの横に付き添う叔父のクドゥースさん(58)が耳を近づける。「よく聞き取れないんだが、『兄さんが死んだ』と言っているようだ。うわごとだよ」。医師は「もう助からない。午後までもてばいいくらいだ」と話した。

空爆は、駐留外国軍向けの燃料を運ぶタンクローリーを奪ったタリバーンを、米軍が狙ったとされる。だが、そこには付近の住民たちもいた。

州当局は当初、約90人の死者の半数がタリバーンとの見方を示し、犠牲になった住民もその支持者とみる当局者もいたが、地元では死者の大半が一般住民で、タリバーンに銃で脅されて従わされた結果だと口をそろえる。

現場近くのオマルヘル村にあるトラクター運転手ムハンマド・ヌールさん(25)の自宅に、覆面姿のタリバーン兵3人が押しかけたのは3日午後7時ごろ。川にはまったタンクローリーを引き出すために「トラクターを貸せ」と要求され、ほかの村人らと一緒に銃で脅されながら作業をしたが、引き出せなかった。

タリバーンは車体を軽くしようと、タンクから燃料を抜き、付近の住民を呼んで配り始めた。貧しい村人らが聞きつけてさらに集まり始めたところ、4日未明にジェット機の爆音が聞こえた。

空爆で両足に重傷を負ったヌールさんは、州都クンドゥズの病院で「現場にいたタリバーンは多くて15人ほどだった」と証言。「私の村は、日没以降はタリバーンに支配される。政府や外国軍は、仕方なく従わされている我々をタリバーンの支持者だというのか」と憤った。

燃料をもらいに行ったワジール・グルさん(20)は胸と背中に大やけどをし、兄も失った。「ただで燃料をくれるなら、相手がタリバーンでもだれでもいい。それくらい村は貧しいんだ」

ラフマトゥラ君も、兄やいとこと燃料を取りに行って巻き添えになった。いとこは現場で、カブールまで一緒に運ばれた兄ら8人も病院で死んだ。大半が少年だった。

「もちろんタリバーンが一番悪い。でも、外国軍はハイテクがあるのに、なぜ銃を持たない子どもたちとタリバーンの区別もつかないのか。彼らは無実の市民を殺しているだけだ」。叔父のクドゥースさんは涙をぬぐった。

アフガンではこれまでも北大西洋条約機構(NATO)主導の国際治安支援部隊(ISAF)とタリバーンとの戦闘に住民が巻き込まれ、犠牲が相次いでいたが、今回の空爆は、批判を受けたISAFが戦略の見直しを進めているさなかに起きた。それだけに波紋は大きい。

空爆はクンドゥズ州に駐留するドイツ軍が要請し、米軍機が実行した。ドイツではこれを機にアフガン撤退を求める世論がさらに高まり、野党が国防相の責任を追及するなど27日の総選挙の大きな争点に浮上している。

米国でも、オバマ政権が模索するさらなる増派に影響を与えるのは必至だ。米CNNが1日に公表した世論調査では、アフガンでの戦争に反対する意見は57%に上った。

一方で、空爆を控えれば兵士の被害が増えかねないというジレンマも抱える。AFP通信によると、9日付の米紙は従軍記者の報告として、8日に東部クナール州で米兵4人がタリバーンとの戦闘で死亡した際に、所属部隊が繰り返し求めた支援爆撃が大幅に遅れた、と報じた。

タリバーンは、拠点の南部や東部だけでなく北部にも浸透してきており、今後、全土で戦闘が激化することも予想される。どんな戦略を描くのか、駐留外国軍は難しい選択を迫られそうだ。

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京都
2009/06/08
No .N415k090608xxx
福岡県/福岡市


ペシャワール会
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009060600145&genre=H1&area=Z10
見出し:
アフガン用水路が完成へ  6年かけ、ペシャワール会
メモ :
アフガニスタンの民生支援に取り組んでいる福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」は2008年6月6日、干ばつに苦しむ同国東部で2003年に着工した農業用水路(全長約24キロ)が、今月中にも完成する見通しを明らかにした。

水路はペルシャ語で真珠を意味する「マルワリード用水路」と名付けられ、約3千ヘクタールの土地を潤す。既設個所の周辺で緑がよみがえり、小麦などが栽培されている地域もあるという。同会は今後、水路の維持管理を住民へ移譲しながら、現地で医療活動などを続ける。

同会が6日、福岡市で開いた報告会に寄せたビデオレターで、現地代表の中村哲医師(62)は「出産は終わったが、育てる事業が残っている」と話した。

中村医師らは医療支援の傍ら、2000年にアフガンで井戸の掘削事業を始めたが、「飲み水は確保できても、緑の回復には足りない」と用水路建設を決断。独学で土木技術を学ぶところから始めた。

6年間で延べ約60万人の住民が建設事業に参加し、約15億円の費用は会費や寄付で賄った。2008年8月には、スタッフの伊藤和也さん=当時(31)=が武装勢力に殺害される悲劇もあった。


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京都
2009/04/16
No .N415k090416xxx
京都市/左京区



ペシャワール会
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009041600152&genre=K1&area=K00
見出し:
伊藤和也さん追悼の写真展  農業支援中アフガンで凶弾に倒れる
メモ :
アフガニスタンで2008年、農業支援活動中に31歳で凶弾に倒れた伊藤和也さんを追悼する写真展が、京都市左京区田中下柳町の多目的カフェ「かぜのね」で開かれている。伊藤さんがサツマイモの栽培や製茶作業に懸命に取り組み、現地の人に受け入れられて交流した様子を紹介。誠実な人柄をしのばせる歩みを伝えている。

伊藤さんはNGO(非政府組織)「ペシャワール会」の現地ワーカーとして2003年から5年間、アフガニスタンで活動した。写真展は同会事務局が各地で開いており、京都は83点を展示した。

伊藤さんが井戸の掘削の見回りで底におりる様子や、サツマイモ作りを現地に根付かせるために作業したり、日本米の田植えに励む姿が並ぶ。現地の人の昼食に招かれてくつろぐ場面もある。

自ら撮影した子どもたちの写真も多く、おどけたポーズやかぼちゃを手にほほえむ少年のカットも印象的だ。「現地の人たちと一緒に成長していきたい」とつづった志望動機の文章もパネルで紹介した。

右京区の主婦美山千代子さん(61)は「現地に行った当初の写真と比べ、何年か経た時の顔は充実感があふれていた。自分の道を見つけて活動していたのですね」と話した。

19日までで、正午−午後8時(最終日は同3時まで)。無料。問い合わせは、写真展運営の「ピースウォーク京都」の携帯電話***(****)****。


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京都
2009/04/14
No .N415k090414xxx
アフガニスタン



イスラム教シーア派
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009041600111&genre=E1&area=Z10
見出し:
性交渉義務化見直し アフガン、「レイプ法」批判で
メモ :
アフガニスタンで2009年3月、少数派のイスラム教シーア派信徒の結婚について定めた法律が承認された。夫に対し最低4日に1度の性交渉を義務付ける条文が含まれており、欧米は女性が意に沿わない性交渉を強要されると解釈して「レイプ法」と批判。これを受けたカルザイ大統領は4月、法務当局に条文見直しを命じる事態に発展した。

多数派のスンニ派には結婚できる年齢を女性16歳、男性18歳とする法規定があったが、人口の約2割を占めるシーア派にはなく、親が決めた児童の結婚が横行。規制を求める声が出ていた。

新法はスンニ派と同じ結婚年齢を規定。妻をないがしろにしないため、妻が病気でない限り、夫は少なくとも4日に1度の性交渉を行うことや、妻の外出には夫の許可が必要とする条項を付加した。

スンニ派の法律にはこうした規則はなく、欧米メディアは強く批判。オバマ米大統領も「(イスラム原理主義の旧政権)タリバン時代の忌まわしい法律だ」などと非難し、カルザイ政権は見直しに転じた。

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2007


京都
2007/08/18
No .N415k070818xxx
アフガニスタン




シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007081800094&genre=E1&area=Z10
見出し:
自爆テロで15人死亡 アフガン、米警備会社狙う
メモ :
アフガニスタン南部カンダハル州で2007年8月18日、米国の警備会社の車列に、別の車が突っ込み自爆、地元警察によると、少なくとも15人が死亡、25人が負傷した。死者の4人はこの会社の警備員で、11人は近くにいた子供や女性を含む一般市民。いずれもアフガン人とみられる。

カンダハル州を拠点とする旧政権タリバンによる犯行の可能性が高い。同州には、北大西洋条約機構(NATO)率いる国際治安支援部隊(ISAF)に参加するカナダ軍が駐留している。

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京都
2007/07/22
No .N415k070722xxx
アフガニスタン




シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007072200080&genre=E1&area=Z10
見出し:
ドイツ人1人の遺体発見  アフガンで拉致
メモ :
アフガニスタンの首都カブール近郊のワルダク州で、ドイツ人男性2人とアフガン人5人が旧政権タリバンに拉致された事件で、地元警察は2007年7月22日、ドイツ人1人の遺体を同州内で発見したことを明らかにした。警察当局者は「殺害されたのかは不明」として死因を調べるとともに、ほかの6人の行方を捜している。

ドイツ人は民間会社の技師で、通訳などを務めるアフガン人とともに18日に拉致された。タリバンは、国際治安支援部隊(ISAF)に参加し、アフガン北部に駐留するドイツ軍の撤退などを要求。応じなければドイツ人を殺害すると脅し、その後、7人全員を殺害したと主張していた。

一方、ドイツのシュタインマイヤー外相は21日、ドイツ人の1人は拘束中に病死し、もう1人は生存しているとの見方を示した。メルケル首相は地元紙に対し、軍撤退の拒否をあらためて表明している。

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京都
2007/07/20
No .N415k070720xxx
アフガニスタン




シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007072000129&genre=E1&area=Z10
見出し:
タリバン、韓国人18人拉致  アフガン東部
メモ :
ロイター通信によると、アフガニスタン東部ガズニ州の警察当局者は2007年7月20日、同州で19日に旧政権タリバンがバスを襲い、乗っていた韓国人らを拉致したと述べた。タリバンの報道官はロイターに対し、拉致したのは女性3人を含む韓国人18人だと語った。

韓国外交通商省は、韓国人20人余りが拉致されたとみられ、詳細を確認中だとしている。

ロイターによると、韓国人一行は南部カンダハルから首都カブールに向かっていた。キリスト教団体のボランティアとしてアフガンを訪れていたとみられる。タリバン報道官は韓国人らの無事を確認した上で「われわれの要求は後で明らかにする」と語った。

韓国政府はアフガン復興支援として技術者や医師を派遣しているが、軍は駐留していない。

京都
2007/07/31
No .N415k070731xxx
アフガニスタン




シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007073100097&genre=E1&area=Z10
見出し:
韓国政府、2人目の遺体確認  タリバン拉致
メモ :
アフガニスタン旧政権タリバンによる韓国人ボランティアの拉致・殺害事件で、タリバン報道官は2007年7月30日夜、共同通信の電話取材に対し、新たに人質の男性1人を射殺したことを明らかにした。報道官は「アフガン政府がわれわれが要求した仲間の釈放を受け入れなかったためだ」と語った。

同国ガズニ州の警察当局者は31日、人質とみられる韓国人男性の遺体を州内で発見したと述べた。遺体には銃で撃たれたあとがあった。韓国政府は遺体が人質だった男性の沈聖☆(シム・ソンミン)さん(29)と確認した。

25日にはボランティアグループリーダーの牧師、★炯奎(ペ・ヒョンギュ)さん(42)が、一行が19日に拉致された東部ガズニ州で射殺体で見つかっており、犠牲者は2人となった。

アフガン・イスラム通信によると、タリバン報道官は、要求が受け入れられなければ、人質をさらに1人ずつ殺害すると警告していた。

 (注)☆は王ヘンに民 (注)★は褒の保が非

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京都
2007/06/30
No .N415k070630xxx
アフガニスタン




シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007063000165&genre=E1&area=Z10
見出し:
空爆、市民含む30人死傷  アフガン南部
メモ :
AP通信などによると、米軍が主導する多国籍軍は2007年6月29日夜、アフガニスタン南部ヘルマンド州で旧政権タリバン掃討のための空爆を実施、市民ら30人以上が死傷した。死者数の詳細は不明。

北大西洋条約機構(NATO)が指揮する国際治安支援部隊(ISAF)と米軍によるタリバン掃討作戦の巻き添えで市民の犠牲が相次いでいるとして、カルザイ大統領が批判したばかり。今回も市民の死者が多数出れば、同国で駐留外国軍を非難する声が高まるのは必至だ。

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京都
2007/06/17
No .N415k070617xxx
アフガニスタン/カブール



シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007061700093&genre=E1&area=Z10
見出し:
テロ巻き添え邦人2人負傷  アフガン、35人死亡
メモ :
アフガニスタンの首都カブールの警察本部前で2007年6月17日、警察のバスが爆発、内務省によると、警官ら35人以上が死亡、30人以上が負傷した。在アフガン日本大使館によると、近くを通り掛かった日本人男女2人が負傷し、男性が重傷のもよう。

旧政権タリバンの報道官は自爆攻撃を行ったと述べ、犯行を認めた。カブールでの自爆テロなどによる死傷者数としては、2001年のタリバン政権崩壊後最大規模。

同大使館によると、2人は60代の男性と50代の女性で、女性は軽傷という。2人は東京に本部を置く民間非営利団体(NPO)に所属しているという。

地元警察やアフガンの非政府組織(NGO)によると、2人はカブールの美術館で開かれている展覧会を見に行く途中、車で現場を通り掛かり被害に遭ったという。

内務省によると、死者の大半は警官で、外国人4人も犠牲になったが、国籍などは明らかになっていない。

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京都
2007/04/23
No .N415k070423xxx
アフガニスタン



ペシャワール会
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007042300144&genre=E1&area=Z10
見出し:
アフガンで農水路完成 日本のNGOが祝賀式
メモ :
アフガニスタンで医療活動などに取り組む非政府組織(NGO)「ペシャワール会」(事務局・福岡市)が同国東部ジャララバード郊外で建設していた農業用水路の完成を祝う式典が2007年4月23日、現地代表の中村哲医師らが出席して開かれた。

同会によると、水路は全長13キロで、2003年6月に着工。約12万5000人分の小麦の栽培が可能になったという。第2期工事を2009年まで続け、7キロ延長させる。

第2期工事の着工式も同時に行われ、中村医師はショベルカーでくわ入れした後「(用水路は)日本とアフガンの良心の結晶」とあいさつ。住民のゴラム・モハマドさん(45)は「数年前までは(麻薬の原料)ケシを栽培していたが、今は小麦やトウモロコシで生計を立てられる」と喜んでいた。


管理人:ペシャワール会のサイト紹介はこちら


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朝日
2007/04/17
No .N415a070417xxx
アフガニスタン



ヒューマン・ライツ・ウオッチ
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/international/update/0417/TKY200704170046.html
見出し:
反政府勢力の攻撃で民間人669人死亡 アフガンで昨年
メモ :
アフガニスタンで2006年1年間、少なくとも669人の民間人が、旧政権勢力タリバーンを中心とする反政府勢力の攻撃で死亡したことが分かった。国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」(本部・ニューヨーク)が2007年4月16日、発表した。

自爆テロや仕掛け爆弾による攻撃は189件あり、死者は492人。うち自爆テロは2005年(21件)の6倍以上の136件と大幅に増え、272人が死亡した。

政府職員や復興支援関係者らを狙った暗殺などでも177人が命を落とした。

一方、武装勢力の掃討を続ける米軍主体の連合軍や国際治安支援部隊(ISAF)の誤爆・誤射でも民間人230人が死亡しており、犠牲者の合計は少なくとも計899人に達した。

タリバーンは2001年に政権の座を追われたが、パキスタンとの国境地帯で再組織化を進めた。2006年夏以降、再び攻勢を強めており、死者の増加につながった。

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2006

京都
2006/06/04
No .N415k060604xxx
京都市/山科区
市職員

58
荒野一夫
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2006060400031&genre=K1&area=K10
見出し:
アフガンに料理で貢献  京都市職員 夢追い早期退職、8日出発
メモ :
団塊世代の京都市の職員が定年を前に退職し、アフガニスタンでのNGO(非政府組織)活動に身を投じる。医療活動と井戸掘りなどを通じて現地の生活環境の改善を目指しているNGO「日本ペシャワル会」(事務局・福岡市)に参加するためだ。2006年6月8日に現地へ向け出発。かねてから希望だった「異国暮らし」と「国際協力」を経験し、第二の人生に生かしたいと意気込んでいる。

山科区役所に勤務する荒野一夫さん(58)=滋賀県大津市在住=。荒野さんは仕事では主に税務、健康保険業務に従事。プライベートでは登山や国内外への旅を続ける一方、自然エネルギー普及などのボランティア活動にも取り組んできた。

ペシャワル会は、「医者井戸を掘る」などの著書で知られる中村哲医師の活動を支援するNGO。干ばつと戦争の影響で人々が苦しい生活を強いられているパキスタン北西部やアフガニスタンの最辺境地で医療支援や井戸掘削などの水利事業を手がけている。

荒野さんは4年前に京都市内で開かれた中村さんの講演会で同会の活動に共感。「いつか現地で活動に参加したい」という思いを募らせていたところ、2005年末に炊事スタッフの募集を知り応募。5月末で早期退職。パキスタン国境に近いジャララバードに赴任し、日本人の技術者ら15人の食事をつくることになった。

荒野さんは10年以上前に妻を亡くし、2人の子どもを1人で育て上げた。料理は好きで自信もある。「ペシャワル会に関心があったが、医療や土木の専門技術もなく無理だとあきらめていた。炊事担当の募集はまたとないチャンス、定年まで待っていられないと思った」と打ち明ける。

現地では一部の調味料を除き食材は地元調達が原則。「どんな食材があるのか分からないし、早く言葉を覚えて、市場で食料の買い出しができるようになりたい」と気持ちは早くも現地に飛ぶ。「独立した子どもたちはアフガン行きを『誇らしい』と評価してくれた。万が一のことがあっても理解してくれるだろう」と話している。

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2005

朝日
2005/03/12
No .N415a050312xxx
東京都/有楽町



日本ボランティアセンター
シリーズ・特集; http://www.asahi.com/national/update/0312/TKY200503120168.html
見出し:
アフガンを忘れないで都内でじゅうたん販売通じ訴え
メモ :
アフガニスタンのことを忘れないで欲しい。そんな思いを込め、同国産じゅうたんの即売会が都内で開催されている。売り上げの1割が、日本国際ボランティアセンター(JVC)の活動を通じ、現地の女子教育支援などに使われる。

えんじ色、あさぎ色……。不思議にほっとする色合いの手織りじゅうたんが、東京・有楽町の東京国際フォーラム地下1階に並んでいる。品ぞろえは約千枚。12、13両日の開催だ。

「じゅうたんを日本が輸入すれば織り手の女性の仕事が増える。さらに現地で活動するNGO(非政府組織)の資金にもなり、1枚で2度の支援になる」。主催した神戸市のじゅうたん商、大熊克己さん(62)は話す。ペルシャじゅうたんと比べ、値段は安いが質は劣らないという。

JVCは同国で、就学する女子を支援したり、助産師を派遣して安全な出産のための指導をしたりする活動をしている。だが、2001年の米軍による攻撃で注目されたころと比べると、寄せられる募金は減る一方だ。「最近はイラクへの募金が増えた分、アフガニスタン向けが減る状況」という。

この即売会のため、同国から約半年ぶりに帰国したJVCの谷山博史さん(46)は訴える。「アフガニスタンでは、米軍攻撃だけでなく、その前の内戦やソ連侵攻から戦禍が続いている。援助には長い時間が必要。日本人は、この国を見つめ続けて欲しい」


管理人:日本国際ボランティアセンターのサイト紹介はこちら


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2003

朝日
2003/12/22
朝刊 2面 No .N415a031222m02





シリーズ・特集; 社説
見出し:
ロヤ・ジルガ――アフガンを忘れまい
メモ :
 アフガニスタンの首都カブールでロヤ・ジルガが開かれている。新しい憲法を制定するための国民大会議である。

 9.11事件をきっかけにした対テロ戦争でタリバーン政権が崩壊してから2年。国連が後押ししたボン合意に基づいて発足したカルザイ政権は、国際社会の支援で一歩ずつ復興事業を進めてきた。

 国境の外に逃れていた難民と国内の避難民約300万人が戻った。学校や道路が再建され、新しい通貨が発行された。人々は平和の味をかみしめている。そして新しい憲法だ。新生アフガンの確かな礎ができるよう願わずにいられない。

 憲法制定は大変な作業である。起草委員会の草案に賛否が渦巻いている。

 草案はアフガンを「イスラム共和国」とし、イスラム教がすべてに優先することを明記している。基本的人権にも「法律の範囲内」という制約を設けており、自由を求める人々を憤慨させている。

 一方で、米国型の大統領制を採用していることから、大統領に権力が集中しすぎることを懸念する声もある。

 長い戦乱を生き抜いたアフガンの人々がこの憲法にどういう理念と制度を盛り込むか、国際社会も注視している。ロヤ・ジルガの代表たちは、何よりも国民的な合意形成を大事にしてもらいたい。

 忘れてならないのは、アフガニスタンがまだまだ独り立ちできるような状況にないということだ。首都の治安はいまだに欧州中心の多国籍部隊に頼るしかない。地方には軍閥が割拠し、日本もかかわる武装解除の作業は緒に就いたばかりだ。

 南東部では、米軍がタリバーンの残党やアルカイダの掃討を続けている。誤爆で村人や子どもが殺されるという痛ましい事件も相次ぐ。それでも、タリバーンやアルカイダの指導者は捕まらないどころか、勢力を盛り返しつつある。国際赤十字や国連の職員、NGO(非政府組織)も襲われ、活動を縮小せざるを得なくなっている。

 国連のアナン事務総長は、治安の悪化を食い止めなければ復興そのものが危うくなると警鐘を鳴らした。

 イラク戦争がここにも影を落としている。アフガンの反米勢力は「イラクとアフガンでどちらが多数の米兵を殺せるか、競争だ」とあおり立てている。イラクの戦後の混乱が長引けば彼らを勢いづかせ、アフガン情勢をさらに悪化させかねない。

 国際社会の関心がイラクに移り、アフガンへの米欧からの支援にもかつての熱気はない。アフガン復興支援の総額は、大産油国イラクの復興に各国が拠出表明した金額の7分の1にも達しない。

 イラクの復興も大事だが、アフガンを軽視すれば世界は手痛いしっぺ返しを受けるだろう。アフガニスタンの治安回復と国家の再建は、テロとの闘いの原点であることを忘れてはならない。

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朝日 2003/12/16 夕刊 10面 No .N135a031216e10
大阪府/守口市 大阪府立守口高校/宝塚アフガニスタン友好協会/西垣敬子
シリーズ・特集;
見出し:
来春廃校・守口高サッカー部/アフガンの子らに ユニホーム寄付へ
メモ :
2004年春廃校になる大阪府立守口高校のサッカー部が、先輩から受け継いできたユニホームをアフガニスタンの子どもらに贈ることを決めた。宝塚・アフガニスタン友好協会の西垣敬子代表(68)の呼びかけに「学校はなくなってもチーム名は残ってほしい」という思いで応じた。

同校は府立守口来た高校と統合されるため、昨春から生徒募集を中止している。白と青のユニホーム計22着は7年前、前田貴司教諭(32)が顧問になったのを機に新調。左胸に校名が刺繍されている。毎年、最後の公式戦後に後輩へ引き継いできた。

前田教諭は新聞記事で、同協会がアフガニスタン東部の都市ジャララバードにサッカー場を建設中で、完成記念試合用のユニホームを募っていることを知った。寄贈を持ちかけると、部員らは「守口の名前が残る」と賛成した。


西垣代表は2003年12月29日、アフガニスタンへ向けて旅立つ。「アフガニスタンの子どもたちはこれを着て、世界から自分たちは忘れられていないと希望をもつと思う」と話している。


管理人:
1、西垣さんが中心となっている「TAFA 宝塚・アフガニスタン友好協会」のサイト紹介はこちらから。

2、下記の『大阪読売』のシリーズ「阪神人物模様」のオンライン記事もご覧ください

    宝塚アフガン友好協 西垣 敬子さん  内戦の弱者支援し6年

3、お時間があれば米国同時多発テロ 9月11日の悲劇から学ぶことへもどうぞ。


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2001

朝日
2001/11/25
朝刊 35 No .N176a011125m35
アフガニスタン/カブール




シリーズ・特集;
見出し:
秘密の「学校」夢つなぐ/ブルカの下に勉強道具隠し民家へ/タリバーン下20歳女性、30人教育/コーランを教える名目/開校許可取った校長も/家計を支える子/戻りたい戻れない
メモ :
タリバーン政権下では「女子の安全が保障できない」との理由で、学校教育から女子が排除された。この厳しい状況の中でも秘密裏に、あるいはなんとか許可を取り付け、女子教育を続けてきた人々がいる。タリバーンが去り女性への教育復活の希望が広がる一方、子どもたちに「貧困」という壁も立ちふさがっている。

タリバーンが政権を担っていた対先日までのことだ。マルガラレイさん20)が経営する女学校は、カブール南部、車も入れない丘の中腹の住宅密集地にあった。毎朝、ノートの入った袋を手にした子供達が、周囲を気にしながら、民家を使ったこの「女学校」に通ってきた。マルガラレイさんは成績が良く、飛び級を使って15歳で高校を卒業した。だが、大学に行こうと考えていた矢先にタリバーンがカブールを占領し、女性を学校から追放した。「女性と男性は分離されなければならないが、別々に教育するための施設が足りない」というのが理由だった。

進学の夢を断たれたマルガラレイさんは、自宅で女子に勉強を教え、収入源にしようと考えた。8畳ほどの居間で5歳から16歳まで約30人にダリ語やパシュトゥー語、算数などを教えた。

生徒たちには、宗教警察官に「そのカバンは?」と尋ねられたら、「(コーラン教育の)モスクに行く途中」と答えるよう指導した。ブルカの下に勉強道具を隠し持ってくる子もいた。宗教警察官は午前10時から午後3時ごろにかけて街に出るため、登下校時間をずらしてもみた。「5年間、よく持ちこたえたと思う。これからでも大学に行きたいが、6歳の子から『先生がいなくなったらだれに教わればいいの』といわれて悩んでいる』と話す。

市内にはこうした学校が複数あったが、いずれも存在を秘密にしていたという。カブール北部の住宅街ハイルハナ地区にある第15小学校の校長だった女性ムハセナさん(45)は、タリバーンが政権を握った時、女生徒とともに自宅待機を命じられた。「タリバーンがやらないなら、自分でやる」ムハセナさんはタリバーンと数ヶ月交渉し、自宅に女の子と幼児を集めてコーランを教える名目で学校を開いた。

タリバーンが撤退したことで、女性の「学校復帰」の希望の灯がともった。北部同盟の教育行政担当者は「出きる限り早く女子教育を再開させたい』と話す。ムハセナさんの学校に通うエルファルさん(16)は、タリバーン政権の崩壊で、「医者になる」という夢を取り戻した。右足に障害があり、歩くのが困難だ。「医学を勉強して、普通に歩けるようになりたい。そして私のような人を助けてあげるの」と涙ぐみながら訴える。

● 家計を支える子/戻りたい戻れない

すべての子どもたちが学校に戻れる保障はない。バシーラさん(13)は5年前に学校を追い出され、教育を2年しか受けていない。3年前に父親が交通事故で片足を失い、働けなくなった。バシーラさんは市場などで物乞いをして集める1日2万アフガニ(約55円)ほどのお金で一家を支えている。

「学校に戻りたい。でも、そうすると街に出てお金をもらえなくなる。どうしたらいいのか」。
バシーラさんはうつむいた。

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朝日
2001/11/21
朝刊 1 No .N176a011121m1
アフガニスタン/カブール




シリーズ・特集;
見出し:
女性200人、ブルカ脱ぎ捨て/カブール路上/人権アピール
メモ :
カブールで2001年11月20日、約200人の女性が路上に集まり、タリバーン政権下で着用を義務付けられていた顔と体全体を覆い隠す布ブルカを一斉に脱ぎ捨て、女性の権利尊重を求めるスローガンを叫んだ。

参加したのは、かつて政治家、学者、教師だった女性達で、1996年にタリバーンがカブールを制圧して以来、就労を禁止された。

主催者の女性は「みなさんは家に閉じ込められ、殴られ、仕事を奪われ、物乞いを強いられてきた。しっかりと立ち上がった今こそ、英雄と呼ばれるべきだ。権利尊重を求めて闘いましょう」と訴えた。ただ、治安上の理由から、予定していたでも行進は中止を余儀なくされた。カブール20日=稲田信司

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読売
2001/10/20
朝刊 7 No .N176y011020m7
パキスタン/ペシャワル




シリーズ・特集;
見出し:
アフガン難民女性/ブルカ解放/タリバンから逃れた喜び※口紅を一気に引いた
メモ :
アフガニスタン女性の全身を頭から足先まですっぽり覆う「ブルカ」。米軍の空爆後、カブールからパキスタンに逃れてきた六姉妹はタリバン政権に着用を強制されてきたこの「抑圧の象徴」を脱ぎ捨てると、堰を切ったように自らの経験を語り始めた。

長姉の大学職員はトラさん(30)は2000年3月、宗教警察に呼びとめられ、その場で数回ムチで打たれた。ブルカの裾からストッキングがのぞいていたからだ。末妹ウィスナさん(13)は、数ヶ月前にブルカを着ずに外出し、やはり宗教警察に殴られた。女子は12歳ごろからブルカの着用を義務付けられる。ウィスナさんはそれ以来、一切の外出を避けて過ごした。

1996年9月にカブールを制圧したタリバンは、女性の外出に際しブルカの着用を強制するとともに化粧なども禁じた。着飾った女性の姿が市内から消えた。ブルカは両目の部分が網の目状に覆われているため、視界が制限されて足元はよく見えず、ハトラさんは「最初は裾を踏んでよく転んだ」という。また着用すると息苦しくなり頭が痛んだ。我慢できずに顔を出すと宗教警察に頭を殴られた。

ハトラさんらは2001年10月8日、カブールを脱出。パキスタンのペシャワル近郊の親族の家にたどり着くと、すぐにブルカを脱ぎ捨て、隠し持っていた口紅を引き、イヤリングやマニキュアで身だしなみを整えた。目の前が急に開け、5年ぶりの解放感を味わった。

民間活動団体(NGO)「アフガニスタン女性評議会」代表のファタナさんは「タリバンがいる限り、アフガン女性に未来はない」と言い切る。

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京都
2001/10/19
朝刊 9 No .N510k011019m9
パキスタン/クエッタ




シリーズ・特集;
見出し:
戦火の祖国、迫る冬/アフガン難民女性/不足する食糧、住居、防寒着/家族失い  募る疲労
メモ :
パキスタン西部クエッタのアフガニスタン難民キャンプ近く。アフガン女性のためのジャメシャファ病院は、ここ数日の間に到着した女性たちであふれていた。

北部マザリシャリフから数日かけてクエッタにたどりついたグルジャンさん(35)は、話し始めると涙が止まらなくなった。「一人ぼっちになってしまったよ。3人の子どもも夫も爆撃で死んでしまった」「近所の人たちが埋葬してくれたの。誰かが車に載せてくれたけど、どうやってここに来たかおぼえていない。これからどうしたらいいのかも分からない」

ナダラさんは北部クンドゥズから6人の子どもらと3日がかりで到着した。米軍の爆弾が近くに落ちて家が吹き飛び、夫、4人の兄弟が死亡。爆音で自身は耳がほとんど聞こえなくなった。「アメリカが何もかも壊してしまった。頭がおかしくなりそうだよ。今はモスク(イスラム寺院)に住まわせてもらっているけど長くはいられない。

クンドゥズからから6人の子どもと来たグルドゥゼイさん(45)は、遅れて到着した夫と会えたが、食べる手当ても、暖かいセーターもない。
「タリバンは、ブルカの着用を義務付けたけど、それ以外は私たちに干渉しなかった」
「山では北部同盟とタリバンの戦争が続いていたけど、街は平和だった。


生後2ヵ月の息子を抱いているメヘルグルさんは6人の子どもを連れ、タリバンの北部の戦略拠点、プルコムリから来た。後からくるはずの夫はまだいない。
「パキスタンに連れていって、と泣いていたら、知らない人がただで車に乗せてくれたのよ」

クンドゥズから10日前に来たアニアルヌルさん(30)の幼い3人の娘は、米国の空爆前に北部同盟が始めた爆撃で死んだ。3人は家の近くに埋めた。残ったビビちゃん(10)とハリクちゃん(7)を抱き寄せて言った。
「ただ祈るだけ。平和になったらアフガニスタンに帰りたい。私たちの国だから」

同病院のイシュアク院長によると、女性たちの多くは精神的な疲労が激しいという。「これから患者数は増えるが、資金不足で薬や暖房がない」と支援を呼びかけている。

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朝日
2001/09/28
朝刊 30 No .N142a010928m30
兵庫県/宝塚市


66
西垣敬子
シリーズ・特集;
見出し:
アフガンにも『市民の暮らし』/女の子、私塾で学ぶ/女性支援続ける宝塚の西垣さん
メモ :
宝塚市の西垣敬子さんは、イスラム原理主義勢力「タリバーン」が実行支配するアフガニスタンの、旧ソ連との戦闘やその後の内戦で夫を失った女性や孤児を支援する活動を続けている。活動の様子を伝える写真展が2001年9月30日から10月7日まで、宝塚市の身障者療護施設「はんしん自立の家」で催される。

● 隠れ学校
西垣さんは年に2〜3回、アフガニスタン東部のジャララバードという町を訪れている。日本で寄付を募り、夫が死ぬなどして収入を得られなくなった女性らの仕事作りにと、刺繍の糸を届ける活動などをしてきた。

タリバーンが支配するようになった1997年以降は、女性の就業・就学が禁じられたため、女性教師は仕事を、女の子は学ぶ場を失った。娘に教育を受けさせたい親たちは費用を出し合い自宅などに「元教師」を招いて寺子屋式の私塾を開いている。それを西垣さんは「隠れ学校」と呼び、教師の月給約2000円を援助している。ジャララバードだけで、10ヵ所余り、教師は22人、生徒は約1000人に及ぶ。

●  神学生たち
タリバーンは「神学生たち」の意味で宗教教育を受けた真面目な生年が多いという。旧政権の腐敗を批判・追放し、住民の支持を広げたタリバーンには、宗教上の習慣を監視する「宗教警察」という組織もある。

西垣敬子さん
「タリバーンは野蛮という見方があるが、私があった青年はみな、普通の人たちだった」
「雇われた地方出身者が多く、字が読めない人もいる。町の人は怖がりながらも、ちょっと見下している」
「テロは容認できない。でも、イスラム=過激派ではない。あいさつは翻訳すれば『あなたの上に平安を』。普通の人々は戦争を好んでいません。」

●  見てみぬふり
「隠れ学校」を、タリバーンは見てみぬふりをしているという。2001年3月、西垣さんは裁判所から呼び出され、裁判官の自宅に連れて行かれた。「そこは、判事の妻が職員住宅の女児を集めて開いている隠れ学校だった。判事は『妻の給料も支援してほしい』と。笑ってしまった」

テレビ・ラジオは没収され、音楽もだめ、と禁止づくめ。だが、女性たちは隠れて友人の家などに集い、歌い、踊りを楽しむ。外出の時は「ブルか」という目の部分だけを開いた衣装をかぶるが、素顔を見られるわけではないのにきれいに化粧する、という。

女性たちは夫以外の男性の前では、素顔を見せられない。結婚相手も親や親戚が決める例が多い。

若い女性は恋愛や結婚をどう考えているのか。参加の女性医師や看護婦らの宿直室に好意で泊めてもらっている西垣さんは、彼女らから「相手が嫌いなら断ることもできる。名前がわかれば男の顔をチェックする。男の方は女の姿や顔を見ることはできないけれど…」と聞いた。

2001年10月下旬にも現地に再び出かけ、「隠れ学校」で使う教科書代や教師の半年分の給与など約40万円を届ける予定だった。情勢を見極め好転すれば予定通りに出かけるつもりだ。


管理人:
1、西垣さんが中心となっている「TAFA 宝塚・アフガニスタン友好協会」のサイト紹介はこちらから。

2、下記の『大阪読売』のシリーズ「阪神人物模様」のオンライン記事もご覧ください

    宝塚アフガン友好協 西垣 敬子さん  内戦の弱者支援し6年

3、お時間があれば米国同時多発テロ 9月11日の悲劇から学ぶことへもどうぞ。


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朝日
2001/03/19
朝刊 7 No .N176a010319m7

ジャーナリスト


エチエンヌ・バラール
シリーズ・特集;eメール時評
見出し:
アフガン女性の人権問題
メモ :
(前略)
イスラム原理主義勢力タリバーンは1996年9月からアフガニスタンの首都カブールを奪取し、実行支配を確立した。4年あまりのタリバーン支配の下で、900万人のアフガニスタン女性は就労、通学が禁止され、イスラム法の厳格な命令を受けた。

頭から全身を覆うブルカの着用に応じない女性はその場で折檻され、指先にマニキュアを塗れば指ごと切断される。自転車やバイクにも乗れない。タクシーに乗るにも父親、または夫や兄弟の同伴が絶対条件。自宅近くのバルコニーに姿を出すのも禁じられている。

明らかな人権侵害を受けているアフガン女性に対して、国際社会は今まで十分な関心を払ってこなかったように思える。

もちろんこうした事実はこれまでにも報道され、国連も制裁を課すなど動いてはきた。だが、もっと国際社会がタリバーンに対して強い態度で臨んでいたら、今回の遺跡破壊も避けられたのではないだろうかと思うのだ。

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1999

朝日
1999/11/18
朝刊 9 No .N176a991118m9
アフガニスタン



タリバーン
シリーズ・特集;
見出し:
タリバーン/女性を公開処刑
メモ :
アフガニスタンからの報道によると、同国を実質支配するイスラム原理主義勢力タリバーンは1999年11月16日、夫を殺したとして、その妻をカブールの競技場で公開で銃殺した。

タリバーンはイスラム法の名の下に、殺人事件の被告の公開処刑を続けているが、1996年に首都を制圧して以来、女性は初めてとみられる。7人の子の母親で、就寝中の夫を金槌で殴ったとされる。処刑はラジオで予告され、子どもを含む数千人が見守った。

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朝日
1999/10/08
朝刊 10 No .N176a991008m10
アフガニスタン
NGO代表

45 アフガニスタン女性協議会/ファタナ・ガイラニ
シリーズ・特集;
見出し:
女性・子どもが安心して暮らせる国を/アフガンのNGO/難民の子らに学校  日本には支援要請
メモ :
1989年の旧ソ連軍撤退から10年ったった今も、アフガニスタンでは内戦が続く。約300万人が混乱を避けるためにパキスタンに逃れた。そのアフガンの子どもと女性の困難な状況を変えようと活動している非政府組織(NGO)「アフガニスタン女性協議会」(AWC)の代表ファタナ・ガイラニさん(45)がアムネスティ日本支部などの招きで来日した。

旧ソ連軍との戦争、1992年の社会主義政権崩壊後の内戦で、1万人以上の男性が命を落とし、女性と子どもが取り残された。しかし、1996年から国土の大部分を支配するイスラム原理主義勢力タリバーンは、女性の教育や就労を一切認めておらず、女性一人の外出も許されていない。

そのため、生活の糧を得られず、やむなく売春や物乞いをしたりするしかないという。子どももストリートチルドレンになるか、武装集団の兵士として訓練を受け「武装集団の論理とカラシニコフ銃の使い方しか知らない大人になってしまう」という。

ファタナ・ガイラニさんはカブールに生まれ、高校を卒業し、旧ソ連軍侵攻直後の1979年にパキスタンのペシャワルに夫や親類と共に逃れた。難民キャンプの女性や子どもを見て「社会を変えるためには、女性が正しくイスラム教を解釈し、権利を自覚できるための教育が必要」と思い、1986年にペシャワルでAWCを設立した。スタッフは82人。難民の子どものための学校では1700人あまりが学ぶ。

タリバーン政権とは真っ向から対立している。「彼らの政策はイスラム教ではない。彼らはイスラム教を人々を支配、抑圧する口実にしている」と批判。タリバーンの暗殺リストに女性で唯一名前を挙げられている。「神が人間に与えて下さった権利を、全ての子どもと女性が享受できる社会にしたい」という。

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