K Episode 5 : Holy Night

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第五話 Holy Night

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ここは都会の喧騒とは全く無縁の緩やかな山道だ。
周りを三百六十度見渡しても、コンクリートで出来た人工的な物は一切無い。
有るのは山と木と雪だけ。
その殺風景の山道に、もう一つ景色としての要素が加わった。
――黒猫だ。
その黒猫は雪道を走りながら・・・もとい、もがきながらこちらへやってくる。
もがいているのは、周りの景色に同化されないようにするためなのかもしれない。
どんどんと近付いて来て、薄い鼠色から黒に変化した。
しかし、その黒が突然なくなり、再び白一色の風景となった。
しばらくすると雪の下から黒が生えてまたもがき始めた。
どうやら転んだらしい。
転んで雪に埋もれて、全身雪だらけになりながらこちらへと向かって来る。
やがて、そこへ辿り着いた黒猫は道端に立てられていた木製の看板を見上げ、元より引き締まっていた顔をこれでもかと言わんばかりにきりりと引き締め、前方を見据え、またもがき進んで行った。
あっという間に黒が灰色になり、やがて消え失せた。

その木製の看板には、『麓の村まで3km』と書かれてあった。

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ホーリーナイトは走り続けていた。
さっき通り過ぎた看板に書かれていた『麓の村まであと3km』という案内を見て、俄然元気が出て走る速度も無意識のうちに速まっていた。
ホーリーナイトは無我夢中で走っていた。
ずっとずっと目指していた親友の故郷に、間も無く到着するのだ。
そう考えると、自我を忘れ、とにかく我武者羅に走り続けた。
・・・しかし、ホーリーナイトの肉体は今までの無茶な走りで悲鳴を上げていた。
思うように足が動かない。
真っ直ぐ走っていたつもりが、ふらふらとまるで千鳥足のような格好になってしまう。
ホーリーナイトは親友を想うが故、知らず知らずのうちに身体を酷使し続けていた。

ずざぁっ

・・・また転んでしまった。
今日になって4回目の転倒だった。
既にホーリーナイトは満身創痍だった。
何日にも渡って朝から晩まで雪道を走った反動の結果は見えていた。
それはホーリーナイトも薄々勘付いていた。
しかし、足は止まらなかった。
今の彼の中を支配するのは使命感、プライド、そして友情だった。
気力だけで走っているようなものだった。
ホーリーナイトは立ち上がろうとした・・・その時。
「うわっ! この黒猫きったねぇなぁ!」
「動いてるよコイツ! てっきりもう死んだのかと思った」
「お前がいると迷惑なんだよ。 だからとっとと失せてくれよ」
「死ねぇ! バケモノォ!」
少年達から浴びせられる罵声、そして・・・。

どふっ

・・・暴力。
一人の少年から脇腹辺りを蹴られた。
幸い、当たり所が良かったので致命傷にはならなかった。
ホーリーナイトは逃げるようにしてその場を離れた。

「ぐ・・・ま、マけるかよこれくらいのことで・・・!」
逃げながら叫んだ。
「オレは・・・オレは『ホーリーナイト』なんだッ!!」
泣きながら叫んだ。
その声は、後ろの山々にこだました。

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遂にホーリーナイトは麓の村の入り口にまで達していた。
意識は朦朧とし、最早歩くことさえままならなくなっていた。
しかし、一歩一歩確実に踏みしめるようにして青年の恋人の家を探し、彷徨っていた。
道を行く人々に白い目で見られ、物を投げつけられた。
しかし、ホーリーナイトはそれらを無視した・・・いや、そこまで気が回らなかったのかもしれない。
とにかくこの手紙を届けなきゃ、という想いが彼の足を動かしていた。
足には生々しい出血の痕が至る所に有り、それを見るだけでも痛々しい。
ホーリーナイトの足は今にも千切れそうなくらいぼろぼろだった。
それでも歩く。
例えこの足がもげようとも。
這ってでも絶対に絶対に届けるんだ――
「もうスコしだ、ガンバれオレ・・・。 あとスコしシンボウすればアイツとのヤクソクがハたせるんだ・・・」
ホーリーナイトは痛々しい笑顔を覗かせた。

もうそれは歩いているとは言えず、足を引き摺っているようにしか見えなかった。
村の軒先をふらつきながら通り過ぎて行く。
寒さを感じなくなっていた。
痛さを感じなくなっていた。
飢えを感じなくなっていた。
ホーリーナイトは、まるで自分が空中に浮いているように感じた。
「やばいなぁ・・・オレ、このままシんじゃうのかな・・・」
いつかどこかで同じように思ったことがあるような気がした。
果たしていつだったか・・・ホーリーナイトは思い出せなかった。
「・・・ダメだ・・・。 このままシんだら・・・アイツにモウしワケナいし・・・それに」
ホーリーナイト別には死んでもいいと思っていた遠い過去のことを自嘲しながら、
「・・・へへ、まだシにたくないもんな」
と呟いた。
段々と眠くなってきた。
眠気を我慢する力さえもほんの少ししか残ってはいない。
このままここで眠ったらどうなるのかと必死に考えた。
――死ぬ。
何回考えてみても辿り着く先はこの答えしか待ってはいなかった。
死ぬことに恐怖を覚えたホーリーナイトは無い筈の力を振り絞って歩き出した。
・・・いや、歩いているには少しスピードが速い。
何ということか、ホーリーナイトは走っている・・・!
この満身創痍のホーリーナイトに走る力がどこから湧き出てきたのか、優れた生物学者でも証明出来ないだろう。
おそらく、ホーリーナイト自身も自分が走っていることに気付いていない。
足が勝手に走っているのだ。
さっきまでよろけながら歩いていた黒猫からは予想だに出来ない見事な走りっぷりだった。
ホーリーナイトが夕暮れの村の雪道を駆け抜けて行った。

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「なぁ、ホーリーナイト。 僕にはね、恋人がいるんだ」
「コイビト? ナンだそりゃ? ウマいのか、それ?」
「・・・違うよ。 僕が好きな女の人のことさ」
「へぇ、アンタにもいるんだ、そういうのが」
「馬鹿にするなよ! 僕だって恋人の一人や二人くらいいるさ!」
「フタリもいるのか? ウラヤましいな」
「・・・一人だけだよ。 『一人や二人』って言うのは言葉の文で・・・」
「コトバのアヤ・・・? ナンだそりゃ? ゼンゼンワかんねえぞ!」
「あはは、君には分からなくてもいいよ。 とにかく、僕には恋人が一人いるんだ」
「それで、カワイいのか?」
「すっごく可愛いよ! ・・・惚気るわけじゃないけどさ」
「ノロケる? ナンだそ・・・」
「恋人のことを自慢することさ。 簡単に言えば、ね」
「ジマンしたいのか?」
「んー・・・自慢は別にしたくないけどさ。 優しくて、綺麗で・・・とにかく大好きなんだ」
「ふうん・・・。 あれ? じゃあそのコイビトはイマドコにいるんだ?」
「ここからずっと遠い山の麓の村さ。 僕も昔そこに暮らしてて・・・絵描きになるためここに移って来たんだ」
「コイビトは・・・?」
「・・・うん、置き去りにしてしまってね。 今でも少し後悔しているんだよ。 夢と恋人・・・僕は夢を選んでしまった。 それが正しかったのか未だに自信が持てなくてね」
「・・・ヨくワかんないけど、ゲンキダせよ! アンタがオちコんでたらオレまでオちコんじゃうだろ」
「・・・そうだね。 ごめんな、こんな暗い話するつもりじゃなかったんだけどさ。 あはは」
「そうそう! アンタはそうでなくっちゃ」
「そうかい? ふふふ・・・やっぱり君は僕の恋人にそっくりだ!」
「え? そっくり? ドコが?」
「性格と言い、言動と言い・・・全く一緒だよ」
「・・・?? そうなのか・・・。 じゃあオレはおマエのコイビトなのか?」
「違う違う! 何を勘違いしてるんだよ、君は! あはははは!」
「うー・・・??」
「今度落ち着いたら久し振りに故郷へ帰ってみようと思ってるんだけど、君も一緒に行こうよ! 僕の恋人に君を見せてやりたいよ!」
「オちツいたら・・・ってイツなんだ?」
「う・・・分からない」
「ナンだよ! オレもイってみたいのに!」
「そうだね、いつか、ね。 それで、彼女の家はレンガで造られていてね、周りの家よりずっと大きいんだ。 そして庭に大きなもみの木が生えているんだ」
「ふうん。 ねえ、キョウのバンゴハンはナニ?」
「なっ・・・僕の話を最後まで聞いてくれよ!」

ホーリーナイトは庭にもみの木が生えたレンガ造りの家の前に立っていた。
青年の家を出発して九日が経っていた。

To be continued...


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