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つかもと たけお

塚本赳夫

つかもと たけお

1897.5.20(明治30)〜 1977.1.17(昭和52)

昭和期の漢方学者、薬学者

埋葬場所: 12区 2種 28側

 東京麹町出身。東京帝国大学医学部薬学科生薬学教室を卒業。
 1927(S2)帝国女子薬学専門学校教授に就任。金沢医専、台北帝国大学、台湾大学医学院、新潟医大を経て、'50 九州大学医学部薬学科主任教授、薬学部の創設に尽力し、薬学部長を務める。
 '55 日本薬学会九州支部設立に尽力し、'56 日本薬学会副会頭、第76回日本薬学会年会を開催するにあたり準備委員長として敏腕をふるった。薬学研究、教育に専念し、わが国薬学の進歩、発展に多大の貢献をした。
 '60.5 九州大学を停年退官後は、福岡大学薬学部教授、薬学部長を務めた。他に日本漢方交流会理事長、日本東洋医学会総会名誉会長および評議員、また九州漢方研究会初代会長として尽力。薬学博士。享年79歳。

<塚本赳夫先生を慎む 武田健一>
<九州薬事新報 昭和48年(1973) 7月15日号「過ぎし日々」 塚本赳夫>


墓所

*墓石正面「塚本家之墓」。右に「玄門先生謝恩碑」が建ち、「昭和四十九年三月 奉天工業大学同窓会」と刻む。並んで墓誌が建つ。墓誌は八代目の福岡県士族 塚本道甫(M41.5.17没・行年79才)からから刻みが始まる。塚本道遠は九代、塚本玄門は十代と刻む。ハマは「道遠 妻」と刻む。


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