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なんば きよさく

難波清作

なんば きよさく

1891(明治24)〜 1942.10.26(昭和17)

大正・昭和期の陸軍軍人(少将)

埋葬場所: 19区 1種 14側

 新潟県出身。1914.5.28(T3)陸軍士官学校卒業(26期)、同期に硫黄島で戦死した栗林忠道大将や、井上靖(後に少将:15-1-10)、簗瀬真琴(後に少将:21-1-17)、東八百蔵(後に大佐:15-1-7)らがいた。後に航空兵に転身し、所沢陸軍飛行学校で飛行教官などを務める。
 1938.6.30(S13)飛行第9戦隊長、'39,.3.9大佐となる。'40.12.1明野陸軍飛行学校教官、'41明野陸軍飛行学校幹事として、タイに派遣され飛行教官として創建間もないタイ王国空軍の強化にあたる。
 '42.8.1第19飛行団長に就任したが、山口県厚狹(あさ)郡(現在の宇部市)にて殉職。享年51歳。没後、1階級特進し少将となった。

<帝国陸軍将軍総覧>
<日本陸軍将官総覧>


*墓石は和型「陸軍少将 従四位 勲二等 難波清作 墓」と刻む。左面は戒名の菊芳院雲外清流居士。右面は没年月日や死去した地などが刻む。 書は陸軍中将男爵の徳川好敏。徳川好敏は清水徳川家第8代当主の華族であるが、日本で初めて飛行機により空を飛んだ人物であり、日本陸軍の航空分野を主導した軍人である。なお、彼が初めて飛行機で空を飛んだ12月19日(1910)は「日本初飛行の日」とされている。

*多くの人名事典には没月日を10月14日とするものが多いが、墓石には10月26日と刻むため、そちらを優先する。

*隣りの墓所は第9飛行団飛行第24戦隊の4代目戦隊長の横山八男陸軍大佐の墓所である。


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