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やなせ まこと

簗瀬真琴

やなせ まこと

1892.5.2(明治25)〜 1978.10.23(昭和53)

大正・昭和期の陸軍軍人(少将)

埋葬場所: 21区 1種 17側

 福島県出身。簗瀬家は旧会津藩士で北原家、内藤家と会津三家と称された家である。祖父は幕末の家老の簗瀬三左衛門。白虎隊士として自刃した簗瀬勝三郎、簗瀬武治は親族。
 会津中学を経て、1914.5.28(T3)陸軍士官学校卒業(26期)。同期に硫黄島で戦死した栗林忠道(後に大将)、井上靖(後に少将:15-1-10)、難波清作(後に少将:19-1-14)、東八百蔵(後に大佐:15-1-7)らがいた。 同 .12.25歩兵少尉に任官。近衛歩兵第1連隊附として麻布中学配属将校、近衛歩兵第3連隊附などを務めた。
 '39.8.1(S14)大佐に昇進し、留守近衛師団高級副官となる。'40.6.22支那派遣軍高級副官を経て、'41.12.18橘連隊(橘周太の日露戦争・遼陽会戦での活躍に因む通称)の異名を持つ歩兵第34連隊連隊長として日中戦争に出征。江南作戦、常徳作戦に武勲をあげ感状を授与された。
 '44.3.1少将に進み、大津少年飛行学校校長に就任。'45.6.1独立混成第114旅団長に補され東京湾兵団隷下部隊として横須賀地区の守備につき、本土決戦に備える中で終戦を迎えた。享年86歳。

<帝国陸軍将軍総覧など>


*墓石正面は「簗瀬家之墓」。右側に墓誌がある。


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