| 歴史が眠る多磨霊園 |
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中村不折 |
なかむら ふせつ | |
| 1866(慶応2)〜 1943(昭和18) | |
明治・大正期の洋画家 | |
| 埋葬場所: 3区 1種 15側 10番(中邨家) | |
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名は金乍太郎(*)、別号を環山・孔固亭。 幼時を長野で過ごし、はじめ南画を志したが、1887(M20)十一字会研究所に入り、小山正太郎・浅井忠について洋画を学ぶ。 1901渡仏、ジャン=ポール=ローランスに師事、05帰国。太平洋画会に属し、太平洋美術学校長・美術協会審査員を歴任。 代表作に「建国そう業」(1907)がある。また書に深い理解と造詣を示し、自らも六朝書に傾倒。36(S11)書道博物館設立。 森鴎外が自分の墓の文字は不折の書を刻むことと遺言したのは有名。長野県穂高にある荻原碌山の墓碑も不折の書である。 <コンサイス日本人名事典> *:これは「金乍(かねへん、さ)」の一文字とします。 | |
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