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そうま こっこう

相馬黒光

そうま こっこう

1876(明治9)〜 1955(昭和30)

昭和期の随筆家

埋葬場所: 8区 1種 5側 3番

 本名良、旧姓星。若いころ押川方義の教会に入り受洗。1891(M24)宮城女学校に入るが校長と対立して退学、横浜のフェリス女学校に転じ、さらに95明治女学校に入り、島崎藤村らに学んだ。 97作家志望をすて、相馬愛蔵と結婚して新宿中村屋を創業した。
 キリスト教的教育を受けた知性ある女性として、萩原碌山(守衛)、中村つね彜、ロシアのエロシェンコ、インドのラス・ビハリ・ボース(1-1-6-12)ら芸術家や亡命者の保護者として果たした役割は大きい。 主な著書に「黙移」1936、「広瀬川の畔」1939、「明治初期の三女性」1940。

<コンサイス日本人名事典>


 


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