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こだま ひでお

児玉秀雄

こだま ひでお

1876(明治9)〜 1947(昭和22)

大正・昭和期の植民地行政官僚、政治家

埋葬場所: 8区 1種 17側 1番

 陸軍大将児玉源太郎(同墓)の長男。大蔵書記官、韓国統監府書記官から1910(M43)朝鮮総督府設置と共にその総務局長、のち寺内内閣書記官長、賞勲局総務、関東長官をへて29(S4)斎藤朝鮮総督のもとで政務総監。 軍部・官僚とのつながりが深く貴院研究会で重きをなし、岡田啓介(9-1-9-3)内閣の拓相、林銑十郎(16-1-3-5)内閣の逓相、米内内閣の内相から第二次大戦開戦後42陸軍軍政最高顧問としてジャワに赴任。のち小磯内閣で国務相・文相に就任した。

<コンサイス日本人名事典>


 


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