歴史が眠る多磨霊園 |
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児玉忠康 | |
こだま ただやす | |
1898.7.29(明治31)〜 1990.10.27(平成2) | |
大正・昭和期の実業家(日本郵船) | |
埋葬場所: 8区 1種 17側 1番 | |
東京出身。広幡忠朝の三男。児玉秀雄(同墓)の長女貞子と結婚し、養子となる。1922(T11)京都帝国大学経済学部を卒業し、日本郵船に入社。 1961(S36)社長に就任し、その後'65会長、'71相談役となる。'63(S38)藍綬褒章。'64輸出振興功労者総理大臣賞。'68勲二等旭日重光章、'74勲一等瑞宝章。 <現代物故者事典1988-1990> *同墓には陸軍大将・伯爵の児玉源太郎(正面墓石)、植民地行政官僚・政治家で養父の児玉秀雄(左側墓石)、息子で映画監督の児玉進(右側児玉家)が眠る。忠康、進の名は児玉家之墓左脇にある墓誌に名が刻む。 | |
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