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やまざき さだよし

山崎定義

やまざき さだよし

1883(明治16)〜 1971.6.4(昭和46)

大正・昭和期の陸軍軍人(中将)、富山市市長

埋葬場所: 12区 1種 17側

 富山県出身。山崎定孝・トキ(共に同墓)の長男。1900(M33)富山高校卒業後、上京。1910陸軍大学卒業。同期に杉山元(15-1-3-11)、西尾寿造(16-1-8)、橋本虎之助(13-1-7)、首相となる小磯国昭、児玉源太郎(8-1-17-1)の三男の児玉友雄らがいた。卒業後ドイツに留学。帰国後は陸軍歩兵学校教官などを歴任。
 1925.3.18(T14)現職で死去した山中三郎の後を継ぎ、歩兵第57連隊長に就任し、同時に大佐に昇進した。'27.2.10(S2)近師司附(法政大学)、'30.8.1少将となり歩校附、同年.12.22歩二旅団長となる。'33.8.1第二師司附を歴任後、'34.8.1中将に昇進と同時に待命、同年.9.30予備となった。
 1936.2.6〜40.2.5 第16代富山市市長に就任。就任した年に開催された日満産業大博覧会を成功に導いた。これは神通川の大治水事業で生まれた廃川区域の区画整理と富岩運河の建設を核として都市計画が行われた富山市が、電気王国の新都市として工業立県の地歩を固めた勢いを内外に誇示するものであった。享年88歳。

<帝国陸軍将軍総覧など>


墓所

*正面墓石は二基。右側が「山崎家墓」、左側が「野副家之墓」。山崎家の墓石は非常に古く、左面に「十代 山崎定義改葬」、右面には「昭和二十九年三月」と刻む。 右側に新しい墓誌が建ち、山崎家先祖代々之霊とあり、父の定孝、母のトキ、長男で22歳の若さで没した晴弘、定義、妻の千代の俗名、没年月日、享年が刻む。なお、定義には89歳と刻む。妻の千代の享年は101歳の大往生。


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