歴史が眠る多磨霊園


すけたかや たかすけ

助高屋高助〔4代目〕

すけたかや たかすけ

1838(天保9)〜 1886.2.2(明治19)

幕末・明治期の歌舞伎俳優

埋葬場所: 15区 1種 13側〔澤村家〕

 屋号は紀伊国屋。5代目澤村宗十郎の子。1842(天保13)初舞台。 京坂の舞台を踏んだのち江戸に帰り、和事師の随一といわれた。1879(M12)4代目高助を襲名。 女形をもかねた。当り役は「先代萩」の政岡、「勧進帳」の富樫などがある。

<コンサイス日本人名事典>


助高屋高助 [5代目] すけだかや たかすけ
1900.3.21(明治33)〜 1962.8.30(昭和37)
15区1種13側〔澤村家〕
明治・大正・昭和期の歌舞伎俳優
 東京(今戸)出身。父は7代目沢村宗十郎(同墓)。本名は沢村昇。俳号を亀音。屋号は紀伊国屋。1905(M38)1月に沢村高丸の名で歌舞伎座初舞台。1920(T9)1月帝劇で「草摺引」の朝比奈を務め、5代目高助を襲名した。和事師の父宗十郎主演の芝居や、益田太郎冠者の喜劇などで活躍。肥満型の特異な風貌で、アンちゃんとよばれ、「伊勢音頭」のお鹿、「忠臣蔵」の伴内など三枚目役に限られていた。享年63歳。

<芸能人物事典>
<森光俊様より情報提供>

系図

*墓正面「清高院念譽昇道居士 蓮光院清譽妙定大姉」。台石「澤村」。右面「昭和三十七年八月三十日 昇 行年六十三才」

*澤村家代々の元来の墓所は練馬区の受用院であり、澤村宗十郎初代〜5代目、助高屋高助2〜4代目、澤村田之助2〜3代目、澤村由次郎2代目が眠る。4代目助高屋高助の墓は多磨霊園にも存在する。

*墓所内には右から「澤村家先祖代々各霊菩提」の五輪塔、4代目助高屋高助夫妻墓、7代目澤村宗十郎夫妻墓、5代目助高屋高助夫妻墓が建つ。 各墓石の台座に「澤村家」と刻み、墓石正面には戒名、右面に俗名と没年月日が刻む。 なお、7代目澤村宗十郎の次男である5代目澤村田之助、三男である8代目澤村宗十郎、8代目の子の9代目澤村宗十郎が同墓所に眠っているかは不明、調査中。


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