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さわむら そうじゅうろう

澤村宗十郎(9代目)

さわむら そうじゅうろう

1933.3.8(昭和8)〜 2001.1.12(平成13)

昭和・平成期の歌舞伎俳優

埋葬場所: 14区 1種 9側

 東京都出身。本名は澤村壽一(じゅいち)。曾祖父は4代目助高屋高助(15-1-13)。祖父は7代目澤村宗十郎(15-1-13)。伯父に5代目助高屋高助(15-1-13)、澤村田之助(初代曙山)がいる。父は8代目澤村宗十郎(同墓)、長男として生まれる。姉に女優の沢村昌子、弟に2代目澤村藤十郎がいる。屋号は紀伊国屋。
 1941.5(S16) 歌舞伎座『助六』の禿で6代目澤村源平を襲名して初舞台。'53.9『菅原伝授手習鑑』「加茂堤」の八重、『時今也桔梗旗揚』(馬盥の光秀)の桔梗で5代目澤村訥升を襲名。'60東映に移籍し、以後の3年間を東映専属の剣戟俳優の沢村訥升(さわむら とっしょう)として、『新諸国物語 黄金孔雀城』『ふり袖小姓捕物帖』などに主演した。'63松竹に復帰、歌舞伎の舞台に戻る。'76.9歌舞伎座で「高賀十種」の『伊勢音頭恋寝刃』(伊勢音頭)と『嫗山姥』(しゃべり山姥)で9代目澤村宗十郎を襲名した。
 娘方として出発したが、青年時代に入るころから立役にも芸域を拡張。祖父をしのばせる古風な色気を生かし、本領の女方・和事(わごと)系の役から、時には道化役にまでコクのある芸風で親しまれた。'89〜'99(H1-10)毎年夏に「宗十郎古典歌舞伎復活の会」と称する研究公演を主宰し、澤村家にゆかりのある演目、特に4代目澤村源之助が得意とした作品などを意欲的に復活上演して注目された。
 '94芸術選奨文部大臣賞、'95紫綬褒章を受章。2000.12歌舞伎座『若木仇名草』(蘭蝶)の蘭蝶をつとめ、共演した7代目中村芝雀、5代目坂東八十助とともに切口上も行い、翌月の10代目坂東三津五郎の襲名を祝った。これが最後の舞台となった。心不全のため大阪赤十字病院で逝去。享年67歳。

<歌舞伎俳優名鑑>
<日本芸能人名事典など>


墓所

*墓所には4基。正面右から「南無阿弥陀佛」と正面に刻み、右面に「澤村家先祖各霊菩提建之」、左面に「昭和四十九年吉月吉祥日建之 初代 澤村壽利」と刻む墓石。真ん中は正面に戒名「眞興院宗譽藝法居士 / 榮眞院清譽妙富大姉」、右面に没年月日と初代として壽利、妻の未佐。左の墓石は正面に戒名「眞壽院錦譽宗藝居士」とあり、右面に没年月日と二代目として壽一。墓所手前に観音様を象った墓石に右面には水子の刻み。各墓石には澤村宗十郎の名は刻まれていない。

系図

*澤村家代々の元来の墓所は練馬区の受用院であり、澤村宗十郎初代〜5代目、助高屋高助2〜4代目、澤村田之助2〜3代目、澤村由次郎2代目が眠る。4代目助高屋高助の墓は多磨霊園にも存在する。


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