佐野文夫

　山形県米沢市出身。本籍は群馬県前橋市。父は図書館学者で日本の図書館の父と称された佐野友三郎。父の転勤に伴い、台湾、大分、山口で過ごす。
　第一高等学校では菊池寛(14-1-6-1)や芥川龍之介と同級生で友人。1912(M45) 日本女子大学に通っていた倉田百三(23-1-26-2)の妹の倉田艶子とお付き合いをしていた。佐野は一高のシンボルであるマントを着てデートをしたいと思ったが、金銭苦で自分のマントを質に入れていたため手元になかった。そして他人のマントを盗んでしまった。デート後二日ほどしてお金に窮していた佐野と友人の菊池寛は、盗んだマントを質に入れてお金にした。するとその盗んだマントは盗難届が出されており、その夜、舎監に二人は呼び出された。しかし佐野は不在で菊池のみの状況。菊池は親友を守るために自分が盗んだことにして罪をかぶった。この「マント事件」をモデルに菊池は後に『青木の出京』という作品を描いている。結果的に、菊池は親分肌気質であり佐野を守るために抗弁しなかった。同級生の長崎太郎が救済を求め当時校長であった新渡戸稲造(7-1-5-11)と掛け合い善処の約束を取り付けたが、新渡戸が退任したため後任の校長にも取りつくも、菊池は頑として自らの罪としたため退学した。佐野は事件の影響でいったん休学し、山口県で謹慎生活を経て復学し、'13.9(T2) 第一高等学校を卒業している。
　東京帝国大学文科大学哲学科へ進み、在学中に第三次「新思潮」の創設に参加。創刊号に「生を与ふる神 - 生命論三部作の一」という論文を発表した。しかし、'14春に病んで中退。山口県に戻り、約2年間感化院に入院した。
　退院後は私立國學院の教員を務め、'18 大連にあった南満州鉄道の調査課図書館に就職した。'20 山口県知事で山口図書館館長である父の佐野友三郎は、アメリカの図書館学の影響を受けて発達させてきた近代図書館そのもののあり方が、保守派から反国家的との批判がされるようになり中傷を受けるようになり、加えて県の内務部長との確執が深刻となったことで自死してしまう事件が起きた。
　'21 父の死もあり満鉄を退社し、'22 外務省情報部に入ったが、翌年肺結核を患い退職した。この間、社会主義思想に接近する。'22(T11)市川正一と「無産階級」を創刊し、'23 徳田球一(19-1-31-2)の要請を受け、日本共産党（第一次）に入党。'24 党協議会で解党を決議する。党再建のため再建ビューロー中央常任委員として残り、コミンテルン上海会議に荒畑寒村らと出席した。
　'26.12 山形県五色温泉で開かれた日本共産党第3回大会では中央委員長に選出される。党内では福本イズムを強く支持した。福本イズムとは福本和夫が、運動を政治闘争に発展させるためには、理論闘争によって、労働者の外部からマルクス主義意識を注入することの必要を説いた当時の日本共産党を支配した理論である。
　'27(S2)日本共産党の使節団の一人としてモスクワを訪問し、コミンテルンの会合に出席。しかし、福本イズムへの態度に一貫性が欠けるなどとして中央委員を罷免される。この時期、ニコライ・ブハーリン『転形期経済学』、フリードリッヒ・エンゲルス、カール・マルクス『フォイエルバッハ論』、ローザ・ルクセンブルク『経済学入門』、ウラジーミル・レーニン『レーニン著作集』『レーニン叢書』『ロシア農村問題』『唯物論と経験批判論』などの翻訳を発表した。
　'28 三・一五事件で検挙された。拷問のような取り調べを受け、党中央の秘密事項を供述。'29 環境が悪い中での連日の拷問のような取り調べより、肺結核が再燃。獄中で転向も表明したため、'30.8 一時執行停止で仮保釈された。しかし、その約1年数か月後に逝去。享年38歳。
　2016(H28)佐野が仮保釈され亡くなるまでの約1年数か月に書き残した日記が『生きることにも心せき』のタイトル、色川大吉の監修で刊行された。この本を出版したNPO法人 GREEN PLAZA研究所代表の吉田愛一郎の母は、慈善活動家の吉田千鶴であり佐野の姪にあたる（佐野友三郎の二男の佐野武夫の長女）。

＜20世紀日本人名事典＞
＜市民・社会運動人名事典＞
＜東條文規「菊池寛と図書館と佐野文夫」＞

＊墓石は洋型「佐野文夫 / 妻 てる」、裏面「生 一八九二年四月十八日 / 了 一九三一年三月十三日 / 生 一九〇〇年一月廿四日 / 了 一九九三年九月四日」。

＊歿月日が多くの人名辞典では「3月1日」となっているが、墓誌には「3月13日と刻むので、それで紹介する。

菊池　寛、 倉田百三、 新渡戸稲造、 徳田球一