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なかむら けんいち

中村謙一

なかむら けんいち

1882.5(明治15)〜 1943.2.26(昭和18)

大正・昭和期の鉄道官僚、男爵

埋葬場所: 22区 1種 27側

 陸軍大将の中村覚(同墓)の長男。弟に中村謙二陸軍大佐、小林謙五海軍中将がいる。1905(M38)東京帝国大学卒業。'08鉄道院技師となり、'13(T2)欧米留学。'23鉄道省建設局計画課長となり、'26鉄道省建設局長を歴任した。その間、'25父が没したため、男爵を継ぐ。'29(S4)貴族院議員。鉄道会議議員、鉄道工事統制協会長、土木学会長、災害予防調査会委員、発電調査会委員を務めた。勲三等。主な著書に『近世橋梁学』(上巻 1911)、『近世橋梁学』(中巻 1927)がある。


墓所

*墓所内は正面左側に和型「陸軍大将 男爵 中村覺 / 室 中村外千代 之墓」、裏面は中村覚の歿年月日と戒名「大覺院釋歸入寶海居士」。妻の中村外千代の戒名は「大慈院釋妙悲智海大姉」。右側に土饅型の「中村家墓」。墓所右側に墓誌がある。

*墓誌は中村覚の母の つぎ(文政4.6-M35.12.30)から刻みが始まる。つぎ は山本爲右衞門の長女。滋賀県出身。なお父の中村千太夫の刻みはない。墓誌には覚の長女の貞子、覚の長男の謙一、徹雄の長女で早死した三名子、覚の五男の小林謙五、謙一の妻の玉枝、謙一の長男の徹雄、徹雄の妻の槻子、徹雄の次男の快介が刻む。(R5.12.1現在)

*中村謙一の妻は玉枝(1889.9-1964.3.5:同墓)。外務官僚の宮岡恒次の長女で東京出身。中村謙一と玉枝との間に2男2女を儲ける。長男の中村徹雄(1911.12-1975.7.5:同墓)。二男の中村達雄。長女の豊子は「新幹線生みの親」の鉄道技術者の島秀雄(15-1-2-15)に嫁いだ。二女の多摩子はバレエ評論家の芦原英了に嫁いだ。

*謙一の長男で男爵を継いだ中村徹雄の妻は槻子(1921-2009.5.11:同墓)。槻子の父は小田原銀行の辻村常助。長女の三名子(S22.4.6歿:同墓)は早死。徹雄の次男は中村快介(H12.10.2歿:同墓)。

<2009年時点での墓誌より>


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