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みき たかし

三鬼 隆

みき たかし

1892(明治25)〜 1952.4.9(昭和27)

昭和期の実業家

埋葬場所: 3区 1種 15側

 岩手県花巻市出身。三鬼鑑太郎の次男。東京帝国大学卒業。1917(T6)田山鉱山に入社。釜石製鉄所庶務部長をへて、45(S20)八幡製鉄所所長。46日本製鉄社長。 47以後全国鉄鋼復興会議議長、経済復興会議副議長、日本鉄鋼連合会会長などを歴任。鉄鋼界の大御所といわれた。日航機〈もく星号〉大島墜落事故で遭難死した。 同飛行機には活動弁士の大辻司郎(20-1-20-1)も同乗しており共に亡くなっている。

<コンサイス日本人名事典>


*父の三鬼鑑太郎(1866〜1943.4.21)は福島県出身。明治法律学校卒業。岩手県庁から岩手軽便鉄道に移り、のち社長となり、花巻−釜石間の直結、国鉄編入に尽くした人物で、'36衆議院議員も務めた。


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