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きたがわ ふゆひこ

北川冬彦

きたがわ ふゆひこ

1900(明治33)〜 1990(平成2)

昭和期の詩人、翻訳家

埋葬場所: 23区 2種 8側 10番
【田畔(たぐろ)家之墓】

 滋賀県大津出身。本名は田畔忠彦。父親が満州鉄道に勤めていた関係で満州で育つ。 旅順中学・三高を経て、帝大仏法科を卒業。詩集「検温器と花」によって詩人として注目され、新散文詩運動を精力的に展開し、詩壇に刺激を与えた。 「三半規管喪失」を刊行して、横光利一(4-1-39-16)の賞賛と激励をうける。詩集「戦争」は、昭和詩史を飾る作品といわれる。 戦後も盛んに詩を発表、ネオリアリズムを標榜し、日本の代表的詩人として国際的にも高く評価されている。 詩論集・随筆集・翻訳など多い。立川市に住をかまえたのは昭和38年。以後、立川で詩人生活を遂げる。ハスの葉を好み自家栽培をしていた。

<コンサイス日本人名事典>


立川

北川冬彦の青少年に贈る碑(昭和55年建)
  立川市市民体育館(泉町786-11)の前庭に、縦80センチ、横180センチの詩碑。 青芝とミカゲ石でデザインされた台座に建つ黒ミカゲの詩碑は、 若山牧水の子孫で建築家の若山旅人(立川市在住)によって設計された。 立川ロータリークラブの創立20周年を記念したものである。

「石に思いを託して青少年の人格形成と、他人への愛と努力について語っている」


立川



石はつめたい
石はごつごつ角張っている
しかし 石は丸くなるのだ
川底で
互いにぶつかり合って
長い年月の間に
石はあたたかくならないことはない
懐であたためればよいのだ
根気よくあたためればよいのだ


*個人事だが私も立川市の住人として、幼い時から北川冬彦の作品を読みふけっていた。 また偶然にも、お店のお客様でもあり、とても身近に感じる存在だった。


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