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きしだ しげる

岸田 蓁

きしだ しげる

1892.2.1(明治25)〜 1964.10.12(昭和39)

大正・昭和期の茶人、劉生の妻

埋葬場所: 12区 1種 11側 11番

 東京出身。学習院の漢学教授の小林良四郎、シンの三女。旧姓は小林。
 東京府立第二高女在学中より鏑木清方に師事して日本画を習う。1913.3(T2)第二回フュウザン会展を見に行ったことが縁となり、同.7 岸田劉生(同墓)と結婚。しばらくは東京府下西大久保の蓁の実家の二階に住む。翌年、長女の麗子(同墓)が誕生。'26 長男の鶴之助(同墓)が誕生。
 劉生のモデルを多くつとめ、『画家の妻』『南瓜を持てる像』などの作品がある。胸に手をあてた半身像なども、繰り返し描かれている。'29.12.20(S4) 37歳の時に夫の劉生が亡くなり未亡人となる。
 劉生没後に茶人としても活動し、茶道江戸千家渭白(いはく)流を再興し、6代目 川上渭白(かわかみ いはく)を襲名し、茶の湯の師匠をつとめた。享年72歳。

<日本女性人名辞典>
<20世紀日本人名事典>


墓所 岸田劉生之墓 墓所

*入口正面に「岸田家之墓」、その左側に松の木に隠れるように「岸田劉生之墓」が建つ。刻みは友人の武者小路実篤の字。「岸田家之墓」の右面は「武者小路實篤 書 / 清宮彬 案 / 昭和三十八年十月 建之」と刻む。左面は墓誌となっており、麗子(長女)、蓁(墓誌には蓁子)、鶴之助(長男:T15-H5.6.25)、時子(鶴之助の妻:H26.3.8没)が刻む。

*岸田劉生の父は明治時代に新聞記者として活躍した岸田吟香。劉生の弟にオペラ歌手・作家の岸田辰彌(13-1-5)がいる。辰彌の妻は宝塚歌劇のスターだった浦野まつほ(13-1-5)。

*初代〜4代 川上渭白の墓は台東区安立寺にある。


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