学習院の漢学教授小林良四郎・シンの三女。 東京府立第二高等女学校に在学中から、鏑木清方について日本画を習っており、 1913(T2)3月第二回フュウザン会展を見に行ったことが縁となり、同年7月岸田劉生(同墓)と結婚。 しばらくは東京府下西大久保の蓁の実家の二階に住む。翌年4月10日長女麗子を生んだ。 劉生のモデルを多くつとめ「画家の妻」「南瓜を持てる像」はいずれも蓁像である。 胸に手をあてた半身像なども、繰り返し描かれている。 また茶道江戸千家渭白流を再興し、6代川上渭白となった。
<日本女性人名辞典><五輪塔様より情報提供>
*なお初代〜四代川上渭白の墓は台東区安立寺にある。
岸田劉生、 岸田麗子