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きしだ りゅうせい

岸田劉生

きしだ りゅうせい

1891(明治24)〜 1929(昭和4)

大正・昭和期の洋画家

埋葬場所: 12区 1種 11側 11番

 ジャーナリストの岸田吟香(谷中霊園:乙12号7側)は父。1908(M41)白馬会研究所に入り、黒田清輝に師事。10第四回文展に外光派風の作品で入選。 雑誌「白樺」の影響をうけ、誌上に紹介された後期印象派の作品に傾倒し12(T1)斎藤与里・木村荘八らとフェーザン会を結成した。 自画像や肖像画を制作したり、北欧ルネサンスの絵画に関心を示す。15草土社をおこし、翌年「切り通し」の写生を発表。 17「初夏の小径」で二科賞受賞。娘の麗子をモデルにした「麗子像」は有名。22草土社解散後春陽会客員をも兼ねた。 制作のうえでは、しきりに水墨談彩の東洋画を描く。29(S4)大連に赴き「大連星ヶ浦風景」など描いた。

<コンサイス日本人名事典>


*入口正面に岸田家の墓が建ち、その左側に松ノ木に隠れるように劉生の墓が建つ。謹書は武者小路実篤。墓石案は清宮彬。昭和28年建立。


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