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かわぞえ ますえ

川添万寿得

かわぞえ ますえ

1870(明治3)〜 1938.7.11(昭和13)

明治・大正・昭和期のキリスト教牧師、日本神学校長

埋葬場所: 15区 1種 6側 27番

 土佐藩士橋本家の次男として高知県江ノ口村に生れ、叔母川添家の養嗣子となる。 1888(M21)受洗して、高知教会に所属。92片岡健吉に伴われて上京し、明治学院神学部に入学。96卒業後直ちに長野県佐久郡の伝道に従事。97按手礼を受けた。 1902渡米、オーバン神学校に留学し05に帰国。東京三田四国町に「みくに伝道会」を興して伝道を行うかたわら、『福音新報』の編集に関与し、植村正久(1-1-1-8)に師事、のちに同社の理事となる。 06以後は、長崎、大阪の両教会を牧し、また東山学院、大阪伝道同志館(大阪神学院)の講師を兼ねた。10聖書改訳委員に挙げられて上京。ギリシア語の才能を発揮して完成まで7年間その任にあった。 17(T6)から青山教会に牧師として赴任、その間青山学院および明治学院の神学部また東京神学社の講師を務め、28から明治学院神学部長、30から2年間日本神学校校長兼教授を歴任。 35日本基督教会大会議長に選ばれ、満州、朝鮮や国内各地への巡回旅行に精励したが、病を得て36以来療養。 38青山教会を辞任、同教会名誉牧師となる。文筆に優れ、キリスト教関係の新聞・雑誌に所論を寄稿しており、その縁で徳富蘆花、徳富蘇峰(6-1-8-13)とも交友があった。少年時代から苦学力行、神学にも造詣が深かった。

<日本キリスト教歴史大事典など>
<MATSU様より情報提供>


 


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