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かのう みずこ

狩野水子

かのう みずこ

1808(文化4)〜 1882(明治15)

江戸後期・幕末の歌人

埋葬場所: 8区 1種 13側 21番

 本名は美津。大館市山田忠四郎勝証の長女。18歳で狩野与十郎良安に嫁した。姑によくつかえ女大学と称された。 幼くして父に学び才女のほまれが高く、子に狩野良知(同墓)、狩野徳蔵(旭峰)がいる。 良知が明徳館詰役支配となると、いっしよに久保田に移り、内務省に奉仕すると水子も上京して麹町に住んだ。 歌道を好み、家集に『のちのかたみ』がある。

<秋田人名事典107頁>
<五輪塔様より情報提供>


墓地

*墓所中央に息子の狩野良知の墓石、やや右後には良知の妻の水野千代の墓、正面左側に孫弟の亨吉の墓石が建ち、 向き合わせに建っているのが孫兄の元吉の墓石。墓域の右手奥に苔蒸して立つのが狩野水子(美津)の墓である。 なお、正面左側手前に狩野家代々の墓が建つ。


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