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かねこ もとさぶろう

金子元三郎

かねこ もとさぶろう

1969(明治2)〜 1952.4.11(昭和27)

明治・大正・昭和期の資産家、貴族院議員

埋葬場所: 10区 1種 10側

 越後の資産家に生れ、東京に出て学び、のち小樽の漁業家金子元三郎の二代目として迎えられた。すでにそのころから政界の黒幕と頭山満の門に出入りし、あるいは井上角五郎らと親しんだ。 漁業、海運業、海陸産物販売業に敏腕をふるい、資産をなすとともに、政界へ志した。1891(M24)中江兆民をして「北門新報」を発刊させたのもそのためである。 1900小樽区長に当選し、道路、水道、港湾、学校増築等に思い切った計画を発進させた。 立憲同志会に属して激しい選挙戦を勝ち抜き、1904衆議院議員(北海道庁小樽区選出 憲政会 当選3回)となり、次いで貴族院議員(多額納税者議員 在任 大14.9-昭14.9)に移った。また定山渓鉄道、合同漁業、北海道造林などの会社をおす。 生活振りは派手で、彼の邸宅は「御殿」とよばれた。墓所は広大であるが質素であり、息子の金子隆三(銀行家・横浜税関長のクィーン塔着手者)と同墓に眠る。 墓誌には「貴族院議員」の文字が刻む。従三位 勲三等 功4級。

<歴代閣僚と国会議員名鑑>
<北海道大百科事典>
<MATSU様より情報提供>


墓誌


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