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考えるヒントのお蔵  性と人権の棚  第2番
男性がスカートをはいて街を歩くことは「異常」なのでしょうか?

1998年ごろから、日本でも性転換手術(性別再指定手術)が実施されるようになり、にわかに性同一性障害(トランジェンダーやトランスセクシュアル)が、ちまたの話題にも上るようになり、性同一性障害に悩む人たちを支援する全国的な組織も作られてきました。

ところが、テレビのワイドショーや大衆雑誌では、未だに興味本位に取り上げて、「オカマ」「変態」扱いする傾向が少なくありません。

街でスカートをはいている男性は、自分が男性である事を自認しつつ、ただ女装をしているだけのトランスベスタイト(異装趣味の人)かもしれません。生物学上・法律上は男性であっても、自分は「女性であると自認」しているトランスジェンダーかもしれません。ただ単にそれが自分に似合っていると思っているだけかもしれません。ひょっとしたらスコットランドの伝統的な文化を大切にしている人かもしれません。

私たちが理解すべきは、そのいずれもが、そうした「存在の仕方」は人間の多様性の一つとして尊重されるべきであると言う事ではないでしょうか。

そもそも、「異常」とは何か。女性がズボンをはいて歩いていても異常呼ばわりされない社会で、男性がズボンをはいて歩いている事は尋常・正常なのか、というところから考えてみるのも一つかもしれません。古代ギリシャの服にせよ、日本や多くのアジアの国々の伝統的な「着物」の基本型は、男女の区別があまりない「ユニセックス」なものだとも言えます。

「歴史」とともにジェンダーが形成されていく中で、固定観念も育てられていったといえるでしょう。男性のスカートは、女性の立ち小便とともに私たちに染み付いているジェンダーの呪縛を見直すきっかけの一つにもなるはずです。

もう一つ付け加えるならば、「同性愛者の男性(ホモ)は、オネエ言葉をしゃべって、女の真似をしたがる水商売風の人間」という、ゲイに対する作られたイメージから抜け出す事も必要ではないでしょうか。

「セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)」に対する理解を深める事は、私たち自身自身や自分達の社会の存在の仕方を再認識する、重要な手掛かりかも知れません。「集英社新書 性同一性障害 性転換の朝(あした)」でも紹介されている次の歴史が紹介は、マイノリティの人権を守ることが人類の平和と人権を守ることにつながることを示す重い事実です。
  ナチスによる大量殺戮の最初の犠牲になったのは、同性愛者と当時は同性愛者というカテゴリーの中に組み込まれていた性同一性障害者、両性具有の人たちであった。現在、同性愛解放のシンボルであるピンク・トライアングル≠フ期限は、ナチスによって同性愛者が強制収容所に入れられ、迫害、虐殺された歴史から生まれたものである。
  強制収容所で、囚人たちは胸につけられた三角形の色で区別されたという。緑色の三角は刑事囚、赤は政治囚、青は亡命者、黄色はユダヤ人、黒は反社会分子、聖書研究者(エホバの承認)は紫、茶はロマ(ジプシー)、そしてピンクは同性愛者やトランスジェンダー、トランスヴェスタイトなどの性的少数者だった。
  異性の魂を宿した不順で不道徳な存在として、強制収容所で命を落とした人の数がどのくらいだったか正確な記録はない。

図書紹介・サイト・記事紹介
研究紀要「女子総合学園における性的マイノリティに関わる課題」
43-1-1  性のグラディエーション
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