君が代・日の丸が教えること | ||
学校の式典≠ナ あいさつする人は、壇上に上がると一歩立ち止まり、会場の人へ礼をする前に、檀上の壁に掲げられている「日の丸」に一礼をします。 それが、当たり前のように感じている人もいるでしょうが、礼をする人も、それを見ている人も「日の丸に礼をする」というのは何を意味するのか、何をどれほど考え、どんな思いを抱きながらしているのか疑問に思うことはありませんか? 1979年(S54)以来、20年以上に渡ってシリーズ化されて来た人気番組「3年B組金八先生」の第6シリーズ最終回が2002年3月28日にあり、波乱の卒業式が描かれました。 その卒業式会場には、壇上向かって左側に「日の丸」がそっと立てられ、ほんのワンシーンだけ写りました。
そのシリーズでは、性同一性障害の生徒を軸にしながら、ゆとり・総合学習を進めようとする教師と学力・管理優先の校長とが対立。その間に立つ教育長の役割が描かれました。 そうした教育現場の構図を描きながら、脚本家の小山内美江子さんが、この卒業式で「国歌斉唱」をさせなかった意図は分かりません。 (PS.2005年3月25日放映第7シリーズ最終回では、式次第に「一、開式のことば 一、国歌斉唱 一、校歌斉唱 …」と書かれていました。ただ、民間人校長による開式のことばの次の場面は校歌斉唱でした。式次第が二度画面に出たのは、文部科学省や教育委員会を配慮してのことなのかと思えました。) 1999年2月28日に広島県立世羅高校の石川敏浩校長(58)が自殺(問い続ける高校長の自殺 朝日新聞 1999年5月9日)された直後、政府は君が代の法制化を強引に推し進め、1999年8月9日に「国旗及び国歌に関する法律」は成立し、8月13日に公布・施行されました。それ以降文部省の姿勢はより強くなり、各教育委員会による教職員への処分も厳しくなりました。(石川校長自殺の事実経過については野田正彰著『させられる教育 思考途絶する教師たち』や鎌田慧著『家族が自殺に追い込まれるとき』を参照ください) そして、2003年3月9日に起きた広島県の慶徳和宏尾道市立高須小学校校長が自殺した事件を調査した広島県教委は、「運動会での『日の丸・君が代』実施などをめぐり、校長の提案に一部の教職員から対立意見が出され、校長が苦慮する状況があったことも要因」としたのです。その報告と時を同じくして「教育基本法」の見直しが新聞紙上をにぎわし、国会では戦争をするための法律「有事立法」が可決されました。 ただ、ここで忘れてならないのは、「日の丸・君が代による人権侵害」市民オンブズパーソン のサイトにある文科省が隠したがる「国旗国家法」国会審議での政府・文科省の答弁でも紹介されているように、「国民お一人お一人が君が代の歌詞の意味などについてどのようにお受け止めになるかについては、最終的には個々人の内心にかかわる事柄であると考えております。(野中広務官房長官 1999年8月6日国旗及び国歌に関する特別委員会)」 、「教員に対しても無理矢理に口をこじあける、これは許されないと思います。しかし、制約と申し上げているのは、内心の自由であることをしたくない教員が、他の人にも自分はこうだということを押しつけて、他の人にまでいろいろなことを干渉するということは許されないという意味で、合理的な範囲でということを申し上げているのです。(有馬文部大臣 1999年8月4日文教委員会) 」とあるように、法律制定の際に政府は子どもにも教職員にも国旗国歌の強制はしないと説明していたという経緯です。 「日本人なら君が代歌え!」「日の丸が嫌なら日本を出て行け」の、日本≠ニ君が代≠ニ日の丸≠、それぞれの学校の何か≠ノ置き換えてみてはどうでしょう。 「君が代・日の丸」と縁のなさそうな仏教系やキリスト教系の学校には、その学校特有の「隠された君が代・日の丸」があるのかもしれません。 「君が代・日の丸問題」は、「学校や社会が多様なマイノリティをどれほど包含し得るかという問題」と裏表の関係にあるかもしれません。一つの旗の下で一つの歌を唄う。多くの人にとってそれだけのことが、特定の人々にとっては「それだけのこと」といって済ませられない事実を知っているか、知らなくともその事情を想像できるかどうか。 私たちのイマジネーションはここでも問われます。 子どもたちのための教育か、国(学校)のための教育か? 憲法で保障された思想・信条・信仰の自由をどう守り抜くのか! 卒業・入学式というのは、教師としての良心や、日頃の学校の体質が試される場なのではないでしょうか。 |
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