童謡「酸模の咲くころ」の酸模(すかんぽ)について


赤い鳥 第十五巻第一號(大正14年7月號)




引用者註:「すかん」ではなく「すかん」になっている。最終行が「ドレ、ミ、ファ、ソ。」になっている。


酸模は酸葉ではなく虎杖である?


上笙一郎 編「日本童謡辞典」P205 「酸模の咲く頃」より引用


『主題となっている「酸模(すかんぽ)」は、一般の国語辞典を引くと「酸(すい)葉(ば)=タデ科の多年草」と出てくるけれども、この草は食用にはなるものの茹でてで(ママ)なくては食べられず、子どもとの接点を持っていない。しかし東西多くの土地の方言で、<すかんぽ>は虎(いた)杖(どり)を意味しており、その虎杖の伸びたての茎は、農山村の子どもたちが、皮を剥(む)き塩を付けておやつとして食べる物であった。<すかんぽ>の名も<酸(すい)葉(ば)>ではなくて虎杖の漢名である<酸模(すかほ)>から出たもののようである。』


引用者註:『虎杖の漢名である<酸模(すかほ)>』とあるが、広辞苑によれば酸葉の漢名が酸模とある。また、福島誠一著『食べられる野草と料理法 新・摘み草入門』(ふこく出版)によれば、「いたどり」の漢名が「虎杖(こじょう)」であり、イタドリが立ち上がった姿を、虎の杖と見立てたらしい。「枕草子」にも出て来るという。


引用者註:歌の題名が「酸模の咲く頃」とあるが「酸模の咲くころ」が正しい。


虎杖の童謡は別にある


(1)以下に示すように辞書によって酸葉の別称を酸模と呼ぶものや、酸葉も虎杖も酸模と説明するものとがある。


(例1)

@ すかんぽ(酸模);スイバの別称。すかんぽう。


A すいば(酸葉);タデ科の多年草。スカンポ。古名すし。漢名、酸模。


B いたどり(虎杖);タデ科の多年草。古名は「たぢひ」「さいたづま」とも。


(例2)

すかん‐ぽ【酸模】: (「すかんぼ」とも)


@ 「すいば(酸葉)」の異名。


A 「いたどり(虎杖)」の異名


引用者註:野草関係の書籍を調べると、酸葉の別な呼び方を酸模としているものの方が多いが、酸葉と共に虎杖も酸模としているものもある。


(2)「白秋全集17 詩文評論3」P519〜520には以下のように記述されている。


『この木兎の家は私の家のはひり口にある元の住居ですが、いま私のいつも童謡を書いてゐる室は、そのうしろの半壊れの洋館の二階の書斎で、(途中略)この屋根裏からはまた、相模灘や大島の煙や箱根の山焼の火なども見えます。それからまた、このうしろの丘には、土筆やすかんぼ虎杖やがずいぶん出ます。』(童謡集子どもの村巻末)


引用者註:「すかんぽ」ではなく「すかんぼ」になっている。
引用者註:「白秋全集17 詩文評論3」の「後記」には【一九二五(大正十四)年五月五日、アルス発行の絵入り童謡第六集『子供の村』の巻末に、「この本のおしまひに」の題で発表。】とある。

引用者註:実際の絵入り童謡第六集「子供の村」を見ると、「この本のおしまひに」では「すかんぼ」ではなく「すかんぽ」と書かれている。「白秋全集17 詩文評論3」の記述は誤植と思われる。

上記のように大正十四年五月に刊行された文章の中で白秋は「すかんぽ(ぼ)」と「虎杖」を明確に区別している。詩「酸模の咲くころ」は同じ年の『赤い鳥』7月号に発表されていることから「酸模」は「虎杖」ではない

さらに「酸模の咲くころ」の発表の約一年後、大正十五年八月号の「赤い鳥」に、樺太・北海道旅行の経験をもとに作られた作品として「この道」とともに「いたどり」が掲載されており、その挿絵も明らかに「虎杖」であることがわかる(『童謡「この道」詩の言葉』のページを参照してください)。すなわち白秋は「酸模」と「いたどり」の両方の童謡をつくっているのである。

引用者註:上記に述べたように「白秋全集17 詩文評論3」のP519〜520の文章では「すかんぽ」ではなく「すかんぼ」と表記しているが、同書のP134〜135の「雑草の季節」という文章では「すかんぽは印度更紗の花穂である」と「すかんぽ」と表記している。同書の「後記」には『一九二四(大正十三)年七月一日の「日光」T巻4号に発表』とある。

「白秋全集19 詩文評論5」(岩波書店)「フレップ・トリップ 安別」より
・だが、何といふ巨大な虎杖(いたどり)であつたらう。それらの小舎のうしろ、丘の崖から下の裾まで、叢生した虎杖の早くも虫がついて黄ばみかけた葉の間には、今まさに淡黄緑の花盛りであつた。
・そこらは虎杖の花盛りであつた。樺太虎杖の花は内地で見るやうなほのぼのとした淡紅(とき)いろを含めてゐないが、その緑がかつた薄黄は却て虔ましくてあわれであつた。それが雨と霧とに濡れしづくになつてゐるのである。
・其処にも虎杖の花は今がまさに盛りであつた。
この虎杖は露西亜領の花
歌の四五句が口をついて出た。だが、一二三句はどうしても出来ないで、私はまた帰路についた。
同「フレップ・トリップ 木のお扇子」より
・坊やは虎杖を知ってゐるでせう。小田原の山に生えてゐる虎杖の花は薄紅くてちらちらしていたでせう。樺太のは葉が大きいのです。それに茎が高いのです。藪のやうに繁つてゐました。
「白秋全集19 詩文評論5」(岩波書店)「フレップ・トリップ 多蘭泊(タラントマリ)」より 


汽車は駛る。


私は見ている。


「や、すかんぽだ、すっかり枯れてる。どうもおかしいな。だが、いい色だな。カステラのふちそっくりの渋さだな、あの穂は。


や、また、すかんぽだな。


虎杖とすかんぽばかりだな。


や、白馬だ。


虎杖から顔を出した。」

同「フレップ・トリップ 小沼農場」より
ほう、すかんぽだ、枯れ花だ。

(3)この詩は上笙一郎 編「日本童謡辞典」でも述べているように「夏が來た 來た」とあるように夏の到来を喜ぶ思いを詠ったものである。「土手のすかんぽ」に続いて「ジャワ更紗 晝は螢がねんねする。」とあるように、そもそも「土手のすかんぽ」と子どもの接点が食べ物としてではない。

なお、以下に示すように酸葉も虎杖も茹でて食べたり、あるいは子どもたちは茹でる手間をかけることなく吸ったり食べたりしていたことがわかる。


@柳宗民著「柳宗民の雑草ノオト2」(毎日新聞社)の「ギシギシ」の項に『ギシギシ属(ルメックス Rumex)には数多くの種類があるが、その中で最もなじみ深いのが、通常スカンポ、すなわちスイバであろう。昔は、その新芽を食べたり、子どもたちがおやつ代わりに茎を噛ったもので、その酸(す)い味(み)が子供心にも忘れられない。』との記述がある。


A福島誠一著『食べられる野草と料理法 新・摘み草入門』(ふこく出版)の「すいば(酸葉) ぎしぎし(羊蹄)」に以下のような記述がある。


「子供たちはスカンポと呼び、直立するスイバの若い茎をしゃぶった。酸っぱさが口中に広がる。遊んでいる時はもちろん学校の行き帰りにも茎を噛む。


    すかんぽのひる学校に行かぬ子は    素逝


(途中省略)近縁に、湿気の多い場所を好むギシギシがある。スイバに似ているが茎、葉とも、益軒先生が言うようにスイバよりより大きく、青々としている。背丈は一メートルにも達する。葉の縁は波型に縮れる。酸味はスイバより弱い。」


さらに同書の『いたどり『[虎杖]』の項には次のような記述もある。『子供のころ、野原で細い竹の子のような形をしたイタドリの茎を折り採っては、中の酸っぱい汁を吸った。何人か集まると、競争でちゅうちゅうやる。夢中だった。今でも山男が、のどの渇きをいやすのにこの汁を吸う。スイバと同様「スカンポ」の別名を持つ。』


B橋本郁三著「食べられる野生植物大辞典 新装版 草本・木本・シダ」(柏書房)には「4−6月若い茎を折りとって、熱湯でゆで、あるいは重曹を入れてゆで、流水にさらして、酢のもの、煮びたしなどに。」との記述がある。


(4)「酸模の咲くころ」が発表された赤い鳥 第十五巻第一號(大正14年7月號)の挿絵(本ページの先頭を参照のこと)について


スイバ(タデ科ギシギシ属)の根生葉は長楕円状披針形で長い柄があり、茎の中ほどにつく葉は柄がなく茎を抱く。一方、ギシギシ(タデ科ギシギシ属)の根生葉は長柄があり、長楕円形。茎につく葉は細長くて柄が短い。葉はそれぞれ縁が波を打つ。挿絵の花の形や大きさなどからはギシギシのそれのようにも見えるが、茎の葉を見ると無柄で茎を抱いておりスイバの葉である。なお、イタドリ(タデ科タデ属)の姿・形はこれらとは異なっている。


上田信道 編著「名作童謡 北原白秋・・・100選」(春陽堂書店)より(抜粋)
「酸模」はタデ科のイタドリ(虎杖)やスイバ(酸葉)のこと。広く全国に分布し、土手や草地に生える多年草。いずれも若い芽が食用となり、酸味があるのでスカンポと呼ばれる。この童謡にいうスカンポは、スイバのことだろう。
スイバの花をジャワ更紗にたとえる感覚の鋭さで人目をひいたかと思うと、「昼は蛍が/ねんねする。」と思わぬ方向に目を転じ、「僕ら小学/尋常科。」と子どもたちの元気な姿を描く。夏がきた喜びを「ド、レ、ミ、ファ、ソ。」で締めくくる手腕は、実にみごとなものである。

           


      スイバ(1)                  スイバ(2)


      


         スイバ(花穂)          スイバ(茎の葉)          スイバ(根生葉)


                    


                        ギシギシ(1)              ギシギシ(2)


     


         ギシギシ(花1)              ギシギシ(花2)            ギシギシ(茎の葉) 


      


             イタドリ:『オリジン社「最新ポケット図鑑 山野草」菱山忠三郎』より引用


(5)なお、藤田圭雄編「白秋愛唱歌集」(岩波文庫)P261には「すかんぽの咲くころ」とある。また、ー『赤い鳥』1925(大正14)年7月号では、「酸模(すかんぽ)の咲く頃」という題だった。童謡集「七つの胡桃」(一九四二年)に収録。山田耕筰の作曲は『山田耕筰童謡百曲集』に掲載。『七つの胡桃』に、「これはまだ国民学校と云わないころによく歌われたものです。記念するためそのままにしておきます」という註があります。ーと解説している。


引用者註:@『赤い鳥』1925(大正14)年7月号は「酸模(すかんぽ)の咲く頃」ではなく、「酸模(すかんぼ)の咲くころ」である。A「白秋全集27 童謡集3」によれば、『童謡集 七つの胡桃』昭和17年11月30日 フタバ書院成光館刊 「すかんぽの咲くころ」と題して詩が掲載されている。


また藤田圭雄著「日本童謡史T」(あかね書房)P103には【七月号には「酸模の咲くころ」が出ている。(途中省略)原作では「すかんぼ」になっているが、未刊童謡集『赤いブイ』に編入され、全集第十一巻にのせられた時は「すかんぽ」になっている。】と記述されている。


なお与田準一編「からたちの花−北原白秋童謡集―」(新潮文庫)P183「酸模(すかんぽ)の咲くころ」とあり、未刊の童謡集「赤いブイ」に分類されている。


フレップ・トリップより

汽車は駛る。


私は見ている。


「や、すかんぽだ、すっかり枯れてる。どうもおかしいな。だが、いい色だな。カステラのふちそっくりの渋さだな、あの穂は。


や、また、すかんぽだな。


虎杖とすかんぽばかりだな。


や、白馬だ。


虎杖から顔を出した。」