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よしおか ひろみち

吉岡博光

よしおか ひろみち

1933.2.22(昭和8)〜 2019.2.15(平成31)

昭和・平成期の医学校経営者

埋葬場所: 8区 1種 7側 9番

 東京都出身。祖父母の吉岡荒太、吉岡彌生(共に同墓)は東京女子医科大学創立者。父は衛生学者の吉岡博人、みち(共に同墓)の長男。
 1968(S43)から45年に亘り、東京女子医科大学理事として発展に努め、1990(H2)以降は23年の長きに亘り理事長を務めた。理事長を退いた後は東京女子医科大学名誉理事長。この間、四年制の看護学部開学、早稲田大学との共同大学院創設のほか、臓器・疾患別センターの隆盛期を迎えた。
 2000(H12)天皇皇后両陛下の行幸啓を賜り、創立百周年記念式典を挙行。我が国唯一の女性医療者育成機関の理事長としての活動、また社会貢献活動が評価され、2011 旭日重光章を受賞した。急性心不全のため逝去。享年85歳。通夜・密葬ともに東京女子医科大学弥生記念講堂で執り行われ、後日大学葬が行われた。喪主は長男の吉岡博文がつとめ、葬儀委員長は東京女子医科大学理事長・学長の吉岡俊正、葬儀副委員長は東京女子医科大学副理事長の岩本絹子がつとめた。

<東京女子医科大学 本法人名誉理事長吉岡博光訃報のお知らせ>


墓所 墓誌

*墓所に二基。正面和型「吉岡荒太 吉岡彌生 之墓」、裏面は荒太と彌生の没年月日と行年が刻む。荒太は「行年五拾五歳」、彌生は「行年八拾九歳」と刻む。左側にやや小ぶりの和型「吉岡家之墓」、裏面「平成三年十一月建之 吉岡博人」。墓所右側に吉岡荒太と彌生の「彰徳碑」が建つ。墓所左側に墓誌が建ち、父の吉岡博人(戒名は誠心院孝譽至順博仁居士)、母の吉岡みち(H22.10.26没・享年102歳:戒名は慈光院照譽淸宝弥智大姉)、吉岡博光(戒名は寂静院優譽博法光照居士)が刻む。


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