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しんどう つねお

新藤恒男

しんどう つねお

1934.6(昭和9)〜 2017.6.15(平成29)

昭和・平成期の大蔵官僚、銀行家

埋葬場所: 16区 1種 3側 7番〔前田家〕

 埼玉県所沢市出身。1958(S33)東京大学卒業し、大蔵省に入省。主要部署の要職を歴任するオールラウンドプレーヤーとして活躍。大阪国税局長、造幣局長、農林中央金庫専務理事などを歴任した。
 '92.6(H4) 西日本銀行専務となり、2000.6 西日本銀行頭取に就任。頭取就任直後に、主要取引先の地場スーパーが経営破綻し、不良債権処理に奔走。バブル崩壊後の厳しい経営環境の中「九州ナンバーワン行」を掲げ、不良債権処理で陣頭指揮を執り、経営健全性維持に貢献。
 西日本銀行と福岡シティ銀行の経営統合させ、2004.10 西日本シティ銀行発足に伴い初代頭取に就任した。営業体制の整備や財務体質の強化、行員の融和など経営基盤の確立、営業基盤の構築に貢献し、西日本シティ銀行が全国屈指の地銀に飛躍する礎を築いた。2006.6 退任。
 頭脳明晰で公平公正、「紳士」とも称され、行内外からの信頼も厚かった。座右の銘は「自らを律し、自らを高める」。肺炎のため逝去。享年82歳。没翌月(2017.7.27)福岡市のホテルニューオータニ博多にてお別れの会が開かれ、約1200人が参列した。

<「新藤恒男元頭取のお別れ会に約1200人・・」くまもと経済>
<訃報記事など>


墓所

*墓所に3基。正面「前田多門 / 前田房子 墓」、裏面は多門と房子の略歴が刻む。墓所左側に「前田家墓」、左面に陽一の長男で20歳の若さで亡くなった前田一夫の刻み、裏面は墓誌となっており、多門の長男でフランス文学者の前田陽一、陽一の妻の ゆう、多門の次女でソニー創業者の井深大(17-1-8-7)の元妻の勢喜子が刻む。刻みはないが多門の父の前田喜兵衛など前田家先祖代々も同墓に眠ると思われる。墓所右側に「新藤家」、左面に「平成二十九年十一月吉日 新藤悦子 建之」、裏面は墓誌となっており新藤恒男が刻む。悦子は前田陽一の娘であろうかと推察する。


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