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さかい ただよし

酒井忠美

さかい ただよし

1857(安政3)〜 1923(大正12)

勝山藩主(加知山)

埋葬場所: 4区 1種 21側

 慶応3年、9歳の忠美は朝廷からの召命に応じず新政府から疑われるが、慶応4年、近隣諸藩に併せて恭順した。 戊辰戦争では東海道軍より房総の旧幕府軍の鎮撫を命じられるが、閏四月、遊撃隊・請西藩主林忠崇の連合軍に協力を求められて雑兵を出した。 そのため新政府より咎められるが、事なきを得て戊辰戦争を乗り切った。66歳で没し、貝塚青松寺に葬られたが、昭和二年十一月多磨霊園に改葬された。

<幕末維新江戸東京史跡事典>


*武家1万2000石の勝山(安房)藩は廃藩置県後の明治17年7月8日に子爵を授爵した。 忠美の後を継いだ瑞松院の次にあたる酒井忠勇が授爵した。忠勇→忠尚→登と続くが、明治32年に爵位を返上した。


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