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くれ あやとし

呉 文聡

くれ あやとし

1852(嘉永5)〜 1918(大正7)

明治・大正期の統計学者

埋葬場所: 21区 1種 25側 1番

 父は蘭医学者の呉黄石、祖父は同じく蘭医学者の山田黄石、息子は内科医学者の建がいる(全員同墓所内に眠る)。 明治初年にアメリカ統計学を日本に紹介。農商務省に勤め、また鉄道会社・新聞社に勤める。 その間、1875(M8)以来、近代国家育成に欠かせぬ統計を、政府・民間に理解させ、その確立に努め、国勢調査生みの親といわれる。 1903論文「物価賃銀生計度」は賃金統計が単なる賃金率だけではなく、賃金所得統計でなければならないとした名論文として知られる。 また丙午に女児の出産が少ないのは迷信によると断じ社会改良にも言及した。

<コンサイス日本人名事典>


墓地

家系図
家系図

 


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