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こざき ちよ

小崎千代

こざき ちよ

1863.8.8(文久3)〜 1939.5.14(昭和14)

明治・大正・昭和期の基督伝道家

埋葬場所: 8区 1種 7側 1番(霊南坂教会)

 日本基督教婦人矯風会会頭。小崎道雄、岩村安子(岩村清四郎の妻)の母。江戸小石川に岩村家長女として生れる。
 岩村家は幕府直参であったため一時静岡に移り、1871(M4)上京。83年海岸女学校(のちの青山女学院)を卒業、小崎弘道(同墓)と結婚。76J.ソーパーから受洗。1902より霊南坂教会牧師の妻として牧会に協力し、また音楽、英語の教師を務めた。18霊南坂教会付属幼稚園開設とともに園長となる。 1886矢島楫子(3-1-1-20)の提唱に和し、婦人矯風会の設立に尽瘁し、当初から役員となり、21(T10)には矢嶋の後を受けて会頭に就任。 37(S12)病気辞任するまで50年間にわたって会の発展に尽力。
 この間、02ハワイ全島伝道、05太平洋沿岸同胞の伝道、21世界宣教会議実行委員会ならびにワシントン軍縮会議に出席、ハーディング大統領に日本婦人1万人署名の世界平和の請願書を手渡した。

<日本キリスト教歴史大事典>
<MATSU様より情報提供>


墓所 霊南坂教会

*小崎弘道・千代の墓は青山霊園(1−曄欷−33−11)が正墓として存在するが、多磨霊園に存在する「霊南坂教会会員墓地」に分骨されている。


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