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きやたけ ゆうほう

喜屋武由放

きやたけ ゆうほう
(きやん ゆうほう)

1927(昭和2)〜 1995.7.29(平成7)

昭和期の共産党員、三鷹事件

埋葬場所: 18区 1種 21側

 東京出身。共産党北多摩地区委員だった1949(S24)中央線三鷹駅を無人電車が暴走し、26人の死傷者を出した「三鷹事件」が発生した。その首謀者の一人として逮捕・起訴され、死刑を求刑された。
 '50非共産党員の単独犯行と認定した東京の判決で逆転無罪となり、'55最高裁判決で確定した。徳田球一記念の会理事をつとめた。胃がんで病死。

<森光俊様より情報提供>


*墓石正面「喜屋武家之墓」。裏面「昭和十五年 喜屋武由放建」。墓誌があり「平成七年七月二十九日歿 俗名喜屋武由放 行年六十八才」と刻む。


【三鷹事件】
 1949(S24)年7月15日夜、東京の国電三鷹駅で車庫の無人電車が突然暴走し、駅にいた乗降客6人が死亡、10人が怪我をした。 容疑者として三鷹電車区の検査係ら10人が電車転覆致死罪の共同正犯として起訴されたが、検査係の供述は単独犯、共同犯と揺らぎ続け、判決は一審無期懲役、二審死刑。 他の9人は一、二審とも無罪の判決だった。検査係は最高裁で死刑が確定したが、1967(S42)再審請求中に病死した。
 同時期に起こった下山事件(1949年7月6日)・三鷹事件(同年7月17日)・松川事件(同年8月17日)は世にも不思議な三大事件とされている。

<10大ニュースに見る戦後50年>


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