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かとう みちお

加藤道夫

かとう みちお

1918.10.17(大正7)〜 1953.12.22(昭和28)

昭和期の劇作家、翻訳家

埋葬場所: 3区 1種 16側

 福岡県出身。父は地質学者・鉱床学者の加藤武夫(同墓)。3歳の時に東京に移転。1942(S17)慶応義塾大学英文科卒業。在学中に原田義人(5-1-52)、芥川比呂志、矢代静一らと「新演劇研究会」をつくる。ジャン・ジルドゥと折口信夫に傾倒。
 '44青春の遺書といえる長編戯曲『なよたけ』を脱稿した直後に、陸軍通訳官としてニューギニアに赴任、死線をさまよった。 この間、『なよたけ』は岸田国士(18-1-10-1)らに、その格調のある詩劇様式を高く評価され、後に第一回水上滝太郎(5-1-16-6)賞受賞('48)。 '46帰国。新演劇研究会のメンバーであった滝浪治子(女優の加藤治子)と結婚。'47新演劇研究会は「麦の会」として再出発。 '49「挿話」上演後、麦の会は文学座に合流。以降も劇作と演出に新風を吹き込んだ。
 戯曲・翻訳・評論を多く残した。 主な著作に、'52『襤褸と寳石』、『祖国喪失(原作:堀田善衛)』、'53『ジャン・ジロゥドゥの世界 人とその作品』、『加藤道夫集』。 翻訳に、'50『君が人生の時』(ウィリアム・サローヤン)、'51『カリギュラ・誤解』(アルベール・カミュ )、'52『アルルの女』(アルフォンス・ドオデ)、'53『正義の人々』(アルベエル・カミュ、白井健三郎共訳)、'54遺作となった『マリアンヌの気紛れ』(アルフレッド・ド・ミュッセ)がある。
 強度の神経衰弱により自宅書斎で首吊り自殺。享年35歳。

<コンサイス日本人名事典>


墓所
碑

*墓石は和型「加藤家之墓」、裏面に「昭和三年二月建立」と刻む。右側に『なよたけ』の碑が建つ。墓誌はない。

なよ竹やぶに 春風は やよ春の微風 春の微風 そよ そよ なよ竹の葉は さあや さあや さや 加藤道夫」


*妻の加藤治子は加藤道夫と死別後、'58に俳優の高橋昌也と再婚するが、その後離婚している。 姪に 芥川賞作家の加藤幸子がいる。三島由紀夫(10-1-13-32)とは演劇の友人であった。


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