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はしい まこと

橋井 真

はしい まこと

1902.3.18(明治35)〜 1977.11.1(昭和52)

昭和期の商工省官僚

埋葬場所: 22区 1種 75側

 東京出身。父は海軍中将の川島令次郎、三男として生まれる。弟(四男)の岡崎忠(ちゅう)は岡崎忠雄の婿養子となり、岡崎財閥の2代目総帥の銀行家として活躍した。姉の正は社会政策思想家の桑田熊蔵(7-1-2-5)の長男で倉吉銀行専務など銀行家の桑田一夫に嫁いだ。
 東京府立一中、一高を経て、1927.3(S2)東京帝国大学法学部政治学科卒業。同.4 商工省に勤務、同.11 高等文官試験行政科に合格した。'35.5 内閣調査局調査官となり、以後、調査局、企画庁、企画院と、企画院のその改変・拡大時に植村甲午郎(8-1-13)、黒田鴻伍のもとで活動。「革新官僚」、あるいは「経済新体制」組の一人として活躍した。
 '37.12 商工省に戻り、機械局一般機械課長、総務課長などを経て、'41.1 総務局に移動、同.5 中華民国の経済顧問に就任した。戦時中は、軍需省秘書課長 兼 内閣総理大臣秘書官、機械局長を歴任した。
 戦後、商工省参事官(経済連絡部長)、内閣官房内閣審議室、経済安定本部第1本部長を務め、退官した。退官後は、東京計器製作所の社長、会長。'74〜'77 日本銀行政策委員を務めた。享年75歳。

<戦前期日本官僚制の制度・組織・人事など>
<森光俊様より情報提供>


*墓石正面は「橋井家 / 高橋家 之墓」。墓誌があり、戒名は普照院殿念誉真諦浄光大居士。

※多くの人名事典では没年の月日が11月11日と記されているが、墓誌には11月1日とあるのでそちらを採用する。


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